『心の傷を癒すということ』からにじみ出るつくり手たちの誠意 2020年の私たちが考えるべきこと

『心の傷を癒す~』を観て考えるべきこと

今を生きる私たちへの問いかけ

 こうした「救済」に主人公の安は直接関わってはいない。わかりやすくドラマにするなら、「救済」をもたらすのは主人公である方がよっぽど劇的だ。けれど、本作はそうしない。なぜなら、人の苦しみをさっと拭い去ることなど、神様でない限りできないからだ。

 精神科医だからと言って、一瞬の安心を与えることはできても、根本的な解決策をもたらすことは容易くない。むしろ、できると思ってしまう方が傲慢だ。神様でもない。スーパーマンでもない。そんな無力な人間にできることは何か。その問いに、安は「誠意」を持って向き合い続ける。

 安が人間の心の機微にこれだけ繊細なのも、彼自身が心の傷に苦しんできた当事者だからだろう。家父長制の一家に生まれ、少年時代から父(石橋凌)の支配に怯えてきた安は、その呪縛から逃れたいと願っていた。しかし同時にそれは、父から認められたいという願望の裏返しでもあった。

 かつて、息子が選んだ精神科医という道を「心なんかどうでもええ」と父はなじり、息子は「スケジュール通りに人と会うて、契約して、お金もらう仕事と違うわ」と父の仕事に反発した。父子は、理解し合えなかった。父子だから、理解し合えなかった。

 それがようやく父は息子を認めることができた。そして息子も、在日というハンディキャップを背負った父が、日本社会で認められるためにどれだけの努力を重ねてきたかを知ることができた。父は、決して自分のことを見放してなどいなかった。むしろ文学者になりたかったという若き日の夢も、父はちゃんと覚えていた。長きにわたってうまくコミュニケーションがとれなかった父と息子は、ようやくお互いを受容し合う。お互いを尊重し合うことができた。

 そんな恩讐を超えて、安は「心のケアとは一人ひとりが尊重される社会をつくること」なのだと気づく。

 安の気づきは、そこから先の未来――2020年の今を生きる私たちへの問いかけでもある。あれからもうずいぶん時間が流れたけれど、一人ひとりが尊重される社会を私たちは築けているのだろうか。まっすぐに「YES」と答えられる人は、そう多くはないだろう。だからこそ、もう一度私たちは見つめ直さなくてはならない、これからどんな社会をつくっていきたいのかを。

 2月8日放送の最終回では、震災によって本館5階部分が押し潰された西市民病院へ赴任した安のその後が描かれる。タイトルは「残された光」。「誠意」を持って本作に取り組んだつくり手たちが最後にどんな光を届けてくれるのか。その結末をじっくりと見届けたい。

■横川良明
ライター。1983年生まれ。映像・演劇を問わずエンターテイメントを中心に広く取材・執筆。初の男性俳優インタビュー集『役者たちの現在地』が発売中。Twitter:@fudge_2002

■放送情報
土曜ドラマ『心の傷を癒すということ』
NHK総合にて、1月18日(土)から2月8日(土)21:00〜21:49放送
(毎週土曜日・全4回)
出演:柄本佑、尾野真千子、濱田岳、森山直太朗、趙珉和、浅香航大、上川周作、濱田マリ、平岩紙、石橋凌、キムラ緑子、近藤正臣ほか
作:桑原亮子
音楽:世武裕子
制作統括:城谷厚司
プロデューサー:京田光広、堀之内礼二郎、橋本果奈 
演出:安達もじり、松岡一史、中泉慧
写真提供=NHK

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