フランス映画を楽しむ秘訣は“おしゃべり”にあり!? 『冬時間のパリ』が描く大人の恋愛観
会話、会話、会話。恋愛や夫婦の関係、仕事の悩みなどが描かれたフランス映画『冬時間のパリ』は、邦題のとおり冬のパリを舞台に、大人の会話が全編を彩る、楽しい作品だ。
恋愛と会話劇との組み合わせは、人によってはそれほどピンとこないかもしれない。日本においては、“恋愛感”を強調することが恋愛映画の基本であり、そのためには、会話シーン以外に恋を盛り上げるロケーションやロマンティックな音楽などがバランス良く配置されるべきだという考えが根強く、仕事(学生であれば勉強)の話は、あくまで添え物に過ぎないことが多い。登場人物たちが、なんとなく会社勤めをしているシーンがあるだけで、何の業界で働いているのか最後まで分からない場合すらある。
だが本作は、出版業界がデジタル化に直面することで起こる危機や、小説家の作品に対する悩みなどの話題が、言葉によって交わされていくのだ。なので、直球の恋愛映画を期待すると違和感を与えられるかもしれない。だが、誤解をおそれずに言うなら、このような表現こそが、“大人のフランス恋愛映画”の真骨頂なのである。ここでは、そう言える理由を、本作『冬時間のパリ』の内容を追いながら説明していきたい。
本作の監督を務めたのは、数々の国際的な賞を獲得してきた、オリヴィエ・アサイヤス。香港の女優マギー・チャンを主演に、キャットウーマンのような姿にした彼女を、パリを舞台に映し出した『イルマ・ヴェップ』に代表されるように、“ちょっと変わった映画”を撮ってきた監督だ。今回は趣を変え、ウディ・アレン監督作を彷彿とさせる、洒脱な会話を主体にした作品に挑戦している。だが、この新しい試みは驚くほどフィットしている。というのも、アメリカ人のウディ・アレン監督の作品には、もともとヨーロッパ映画のテイストが含まれており、近年はヨーロッパ各国で映画を撮ることも多い。この手法が、フランスのアサイヤス監督に合うのは、むしろもっともなことなのかもしれない。
そして、いまフランスを代表する女優といえば、多くの人が思い浮かべるのがジュリエット・ビノシュ。本作では、編集者の夫を持った女優・セレナを演じている。目を引くのは、“冬仕様”のビノシュの可愛らしさだ。清楚で凛としたイメージのあるビノシュだが、ここではロシアン帽や襟ボアのジャケット、ニットなど、全体的にモコモコ感のある服装が様々に登場して、目を飽きさせない。
ギョーム・カネが演じるアランは、セレナの夫で、颯爽とした中年の敏腕編集者だ。彼はSNSや電子書籍など、デジタル化の波が押し寄せるなか、出版業界で奮闘している。くわえて登場するのは、もう一組の夫婦。アランの友人で小説家のレオナール(ヴァンサン・マケーニュ)と、その妻で政治家の秘書を務めているヴァレリー(ノラ・ハムザウェイ)。
じつはこのふたつの夫婦、ヴァレリーを除く3人までが、夫婦関係にない相手と秘密の関係を持っていた。編集者のアランは出版社のデジタル担当を務める、若い女性ロール(クリスタ・テレ)に手を出しているし、あろうことかセレナはレオナールと、レオナールはセレナと浮気していたことが明らかになる。
観客は、早い段階で二組の夫婦の秘密を知ることになるが、登場人物たちはそれぞれ秘密を隠しているため、秘密の全貌を把握しているのは観客だけである。その前提で交わされる、言い訳や誤解が混じった登場人物たちの会話が、全てを知っている観客にとってニヤニヤできるものとなっているのだ。