阿部進之介×山田孝之の熱意が刻まれた1作 『デイアンドナイト』は善悪の“隙間”を描く

松江哲明の『デイアンドナイト』評

 唯一無二の存在となった俳優・山田孝之が、俳優ではなく初めてプロデューサーとして手がけた作品が映画『デイアンドナイト』です。『山田孝之の東京都北区赤羽』『山田孝之のカンヌ映画祭』(ともにテレビ東京系)、『映画 山田孝之3D』と、僕が一緒に作品を作っていた頃から脚本を準備していたのを覚えています。プレスによると、主演・企画の阿部進之介さん、監督の藤井道人さんの3人で話し合いながら、完成稿まで4年の時間がかかったそうですが、費やした時間、作り手たちの熱意がありありと伝わる力強い1作となっていました。

 映画は共同制作であり、多くのスタッフ・キャストの力が集結してできるものです。でも、不思議なことに、これまでに役者として出演したどんな作品よりも、著書『実録・山田孝之』よりも、本作から“山田孝之”を感じました。彼が普段どんなことを思っているのか、今何を問題だと思っているのか、その思想が刻まれている。山田君が自分自身の思いを伝えるために、この映画を作る意義があったんだなと。

 本作のように役者発信の企画が増えることは非常にいいことだと思います。一方で、役者が自ら動かなければ作りたい映画が作れないこの国の現状は問題です。山田君は決して、特別に映画への造詣が深いわけではないのですが、「こういうものが作りたい」という揺るぎない思想を持っている。そして、一緒に何かをクリエイトする仲間を見つけることに躊躇しません。わからないことがあれば聞くし、納得できないことがあれば解決しなければと、と行動する。過去の映画作品や、映画界の慣習を知らなくても、今何をするべきかという勘が抜群に冴えている。今後も日本映画界に向けて、社会に向けて、一石を投じる作品を作るはずです。

 本作はタイトル『デイアンドナイト』の通り、“二面性”が作品のテーマとなっています。大手企業の不正を告発する“正義”の行いをしたことによって、街の人々から責められ、企業側には事実無根とされ、自殺をしてしまった父(渡辺裕之)。父の死をきかっけに東京から故郷へ戻ってきた主人公・明石(阿部進之介)が、善とは何か、悪とは何かを受け止めながら、周囲の人々、そして自分自身と向き合っていくという物語です。

 明石の父に世話になったという児童養護施設のオーナー・北村(安藤政信)は、職がない明石を“仕事”に誘います。その仕事とは、盗難車の販売や水商売の元締めといったいわば“犯罪”。施設の援助をしてくれる後ろ盾はなく、国からの補助もない。そんな中で子どもたちの生活を守るためには、犯罪も厭わないというのが北村の考え方なわけです。明石も揺るぎない北村の信念に魅せられながら、自分の成すべきことを成していく。

 インディペンデント制作で、いわゆる裏社会モノを扱った映画は多いのですが、多くの作品が厳しい世界を描いた“フリ”に留まってしまい、画面のチープさや、台詞の弱さが浮き彫りになることが多々あります。または、志の高さを観客側が汲み取って、作品の弱い部分をカバーしてあげてしまうような状況も。しかし、本作はそういった作品とは一線を画します。決して予算が潤沢な作品ではないと思うのですが、映画冒頭の風車を捉えたドローン撮影が象徴的なように、作り手たちが考えに考え抜いて作ったのが伝わってくるのです。どのシーン、どの台詞を切り取っても、一切妥協がありません。虚構の部分を“リアル”ではなく、“リアリティ”として描いている。脚本をそのまま映像化するのではなく、できるものでどう見せるかを工夫して勝負をかけている。

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