もしもAIが作った物語に世論が影響されたら? 石川智健『ストーリーランド』が問う、AI時代の創作の意味

作家には勝負作といっていい作品がある。石川智健の場合は、2025年に刊行された『エレガンス』(河出書房新社)だ。空襲に怯える戦時下の東京を舞台に、ふたりの実在人物がコンビを組み、洋装女性の連続不審死事件を追うミステリである。それまでも面白い作品を発表していた作者だが、戦争という歴史に果敢に切り込み、重厚な物語に仕立てた。終盤の東京大空襲の場面では、文章を工夫し、圧倒的かつ理不尽な暴威を余すところなく表現している。渾身の力を込めて書いたことが自然と伝わってくる、まさに勝負作であった。
この『エレガンス』は高く評価され、2026年版の「このミステリーがすごい!」の国内編第8位にランクインした。また手前味噌になるが、年間の優れた作品を、私が5作選出する第8回細谷正充賞で、『エレガンス』を受賞作の一冊にしている。その選評の締めくくりで、「いうまでもなく本書はエンターテインメント作品だが、同時に書くべきテーマと正面から取り組んだ、志の高い作品なのである」と書いた。新刊『ストーリーランド』も、そのような作品だ。
物語の舞台は現代である。大学を卒業して上京したものの、今は無職の小林進は、現実に大きな不満を抱いていた。そんな彼が頼っているのが、正体不明の生成AI「アニマ」だ。アニマは従来の人工知能チャットボットと同じく、質問をすれば答えてくれるシステムである。だが、NGプロテクトを施されていないので、どんな質問にも答えてくれた。環境問題を話し合う匿名掲示板で知り合った倉持と大塚に、原子力発電所を占拠する計画に誘われた小林。自身で「エリザ」と名付けたアニマに背中を押され、この計画に参加した。本人は、ただ占拠して、世間にメッセージを発するだけであり、たいした罪にはならないと思っていた。だが、小林は捨て駒として使われ、本物の爆弾の仕掛けられた原子力発電所に取り残されてしまうのだった。
というのが第1部の粗筋だ。続く第2部は、大学時代に研究室でAIに取り組み、今はAI関係会社「アルゴテクノロジー」の社長をしている美波涼香が主役となる。彼女は研究室の同期で、国会議員の早瀬隼から、「最高の物語」を作るAIの開発を依頼された。「エクスマキナ計画」と呼称されるその仕事の目的は、AIが作った物語を使って世論を操作することだった。このとき早瀬の話す「物語こそが人を動かす」という説明が、なかなか説得力がある。前社長の五十嵐や、親戚の作家で「アルゴテクノロジー」の社員でもある佐々木護をメンバーに加え、美波はAIの開発を始めるのだった。
第2部で、小林と美波の人生が、一瞬だけクロスしたことが明らかになる。だが、ふたりの物語はかけ離れている。それがどう繋がるのか。ミステリを読み慣れている人ならすぐに察せられるだろう。もっとも作者は、そこにあまり重きを置いていない。作家としてスランプに陥っている佐々木の視点で、AIによる物語の可能性と、それに対する苦悩を描いた第3部を挟み、原子力発電所の爆破による放射能拡散という、とんでもない事態へとストーリーは発展していく。さらに世界の各地でも、アニマが影響したらしい騒動や混乱が起こっている。原子力発電所の爆破は阻止できるのか。アニマの正体と、その裏にいる人物の目的は何か。スピーディな展開で読者を熱中させながら、作者はラストまでストーリーを引っ張っていくのだ。
そしてその過程で、本書のテーマである「AIと物語」が浮かび上がってくる。小説の好きな人なら、現在、AIを使用した物語の是非について、さまざまな議論が交わされていることをご存じだろう。新人賞の応募作が激増しているが、これはAIが使われたからだという意見もある。私も幾つかの新人賞の下読みをしており、たしかに応募作が増えていることは実感している。AI使用の影響があるかもしれない。ただし増加の理由はAIだけではなく、複合的な理由だと思われる。この書評の趣旨から離れるので詳しくは書かないが、とんでもない時代になったものだ。
そんなAIの現状を、作者はストーリーの中で、分かりやすく説明してくれる。AIと創作の関係について知りたい人は必読だ。さらにAIに対抗する形で、物語の力も示される。今後、AIはますます発展し、プロの作家と比べて遜色のない物語が生まれるだろう。その日は遠くない。このような時代に、人間が物語を創作する意味がどこにあるのか。作者は『ストーリーランド』という物語を通じて、創作の意味を謳い上げる。作家としての覚悟と矜持を見せる。まさに「志の高い物語」なのだ。
■書誌情報
『ストーリーランド』
著者:石川智健
価格:2,200円
発売日:2026年8月28日
出版社:徳間書店
























