奈須きのこ、原点にして最新作『魔法使いの夜』の楽しみ方 ゲーム、小説、映画まで広がる物語世界

奈須きのこ『魔法使いの夜』の楽しみ方 

 奈須きのこの原点にして最新作となる小説『魔法使いの夜』シリーズの刊行が始まった。同名のゲームや『月姫』のシナリオ、そして小説『空の境界』で描いてきた伝奇的な世界に、いっそう濃さと厚みが増していく。11月20日にはアニメ映画『魔法使いの夜』も公開。上中下の3部で刊行される小説を読むことで、映画への理解が深まり、そして作者が描き続けて来た物語世界への思いも強まって、改めてすべての作品に触れ直したくなる。

 蒼崎青子が生徒会長を務める三咲高校に、静希草十郎という男子が転校してくる。電気もなければ学校もない山奥で暮らしていたという草十郎は、青子を見るなりどうして怒っているのかと尋ね、学校は教師と生徒が1対1で勉強する場所ではないのかとか、他の教室は何に使うものなのかといった、普通の人なら分かりきっているはずのことをいちいち聞いて、青子を苛立たせる。

 生真面目な生徒会長とデリカシーのない男子の出会いがもたらすドタバタ劇。いわゆる”ボーイ・ミーツ・ガール”のフォーマットを持ちながらも、『魔法使いの夜 上』(星海社FICTIONS)は冒頭から不穏な空気を漂わせて、安易な楽しみ方を許さない。何しろ青子と青十郎が出会うより前に、冬の自動車のエンジンルームで猫がタイミングベルトに巻き込まれて死にかけ、魔法使いに生き返らせてと頼みに行くというエピソードが置かれているのだ。決してラブコメではないと誰もが察知できるだろう。

 とはいえ、『魔法使いの夜 上』の前半では、ドタバタとしたラブコメチックなシチューションも繰り広げられる。草十郎がアルバイト先の中華料理屋で何か着ぐるみのようなものを押しつけられ、それで出前するように言われる話。青子と同居している久遠寺有珠という、こちらは礼園女学園という『空の境界』にも登場するお嬢様学校に通っている女子が、猫の着ぐるみ姿で出前をする人間を見たと青子に打ち明ける話。

 翌日、登校した草十郎が同級生の男子たちと昼ご飯について他愛のない会話を繰り広げ、生徒会副会長の槻司鳶丸からおにぎりと交換でカロリーメイトをもらい、食べて土を食べているみたいだと感想を言う話。どこかユーモラスなエピソードだ。さらに、青子へと迫った男子が三咲の女子の制服を見るたびに叫び声をあげるくらいの恐怖を味わい、青子も1ヶ月の謹慎を食らった「血の公会堂事件」なる言葉が出てきて、青子への興味をかき立てる。

 ラブコメワールドなら、ちょっぴり乱暴者の女子にまつわるエピソードとして消化されたかもしれない。そして、世間知らずで朴念仁の草十郎との組み合わせの中で、飛び出た角どうしが噛み合わさって絶好のコンビになるかもしれないと思えてしまう。『フルメタル・パニック!』の千鳥かなめと相良宗介、『とある科学の超電磁砲(レールガン)』の御坂美琴と上条当麻のように、”腐れ縁”めいた関係の中で仲を深めていく物語になるのかといった想像も浮かぶ。

 もっとも、そこは伝奇であり猟奇的な奈須ワールドでTYPE-MOON作品だ。青子と草十郎はそれこそ命を奪い合うようなバトルへと向かう。それは、青子が実は魔法使いで、夜の公園で有珠といっしょに執り行っていた怪異退治の一部始終を、草十郎に見られていたらしいと知ったから。秘密を暴かれた魔法使いが行うべきは知った者の抹殺だ。青子は夜のテーマパークに草十郎を呼び出し、ガラスの迷路に誘い込んで命を奪おうとする。

 ここで浮かぶのが、草十郎という男子の特別ぶりだ。結界が張られた公園にどうして入ってこられたのか。それが野生児だったからなのか、それとも宗介のような傭兵育ちの経歴なり、当麻のようなイマジンブレーカーという特別な力を持っていたからなのかは上巻のうちでは分からないが、ともかく並の少年ではないことはうかがえる。

 実際、「血の公会堂事件」が噂になるほどの青子の攻撃をしのぎきって見せるのだからすごい。そんな2人の膠着状態に怪異が割って入る事態が発生して、物語は本格的かつ超常的なバトルへと突入していく。

 夜のテーマパークで繰り広げられる、異形の人形を相手にした戦いは、文章で読んでもなかなかにスリリング。これが、11月20日にアニメ映画となって映像として見られるのかもしれないと思うと、どれだけのパワフルでエキサイティングなものになるのか、それこそ『鬼滅の刃』の無限城での戦いに並ぶ迫力を見せてくれるのではないかといった期待が浮かぶ。

 なにしろアニメ映画を制作するのはufotableだ。『劇場版 Fate/stay night[Heaven's Feel]III.spring song』(2020年)から久々となる、奈須作品のアニメ化を手がけたのだから素晴らしいものになることは絶対的に確実だ。

 奈須とufotableの関係は、2007年末から『空の境界』シリーズの劇場アニメ化を手がけたところから始まっている。虚淵玄がシナリオを担当した『Fate/Zero』を経て奈須とTYPE-MOONが原作の『Fate/stay night [Unlimited Blade Works]』へと進んでアニメ化と担当。それぞれの作品で、奈須が生み出した魔術や魔法が息づく世界の表と裏、日常と非日常の様相を映像にして見せてきた。

 ここしばらく『鬼滅の刃』のアニメ化に力を全集中させていたが、『無限城編』の次作にも取り組みつつ力を割いたからには、隙間仕事などといった言葉を向けられないものを作る自信があり、作らなければいけないという使命感もあったはず。それだけに、仕上がりに誰もが興味津々だ。

『魔法使いの夜』は、奈須とのコンビで誰もが浮かべる武内崇ではなく、こやまひろかずがゲーム版『魔法使いの夜』と同様に、イラストを手がけている点も特徴だ。『劇場版「空の境界」伽藍の洞』の完全限定生産版DVDに封入されたブックレットで、奈須が話していることによれば、「武内君はあの作品が大好きで、それこそ僕がちょっとそれはどうかと思うくらい好きなんですよ(笑)」といった状況でありながら、その武内から「今回はこやまさんにお願いします」と言ってきたという。

「もともと僕は、あれは古い作品だからどうせやるんだったら新しいタイトルを作った方がいい派でした。そんな中、武内君は古い作品を新しく、最先端のものとして作り直して出そうと」考え、「断腸の思いで絵をこやまさんに任せると」言い出した。ここで奈須が「古い作品」と言うのは、もともと『魔法使いの夜』はまだ『月姫』も『空の境界』もてがける奈須が、構想していながら刊行に至らなかった未完の小説だったということ。その世界観をゲーム化によって世に問い直すことになった。

 こちらは『劇場版「空の境界」矛盾螺旋』の完全生産盤DVDに付属のブックレットで、こやま自身がインタビューに答えて、「正直ちょっとビビりました(笑)」と答えている。描きたい気持ちを抑えてでもイラストを譲って新しさを求めた武内の言葉に、「古いからいやだと言ってられない」と再起動させただけあって、『魔法使いの夜』は『空の境界』や「Fate」のシリーズとは少し違った柔らかな雰囲気が漂っているようにも感じられるかもしれない。

『魔法使いの夜』にはまた、他の奈須作品でありTYPE-MOON作品との関わりという楽しみ方がある。青子の蒼崎という名字が示すように、彼女には橙子という姉がいる。言わずと知れた『空の境界』の人形師いにして希代の魔術師の蒼崎橙子だ。ゲーム版『魔法使いの夜』をプレイした人はやがて橙子が登場してくることも、どのような姿をしているかも知っているが、小説版から入りアニメ映画へと進む人は、どこかやさぐれた感のある橙子のまだ若くてかわいらしく、そして同時に「最終的には『空の境界』の橙子になる」と奈須が言うその姿や言動を楽しめるだろう。

 それを言うなら、青子自体が『月姫』に登場して「先生」としてグッと大人になった姿を見せる。そちらから入った人には、まだ若くて猛々しい青子の活躍ぶりがまぶしく映りそうだ。とはいえ、小説版はまだ3分の1が終わったばかり。『魔法使いのよる 上』のラストに登場し、なにやら不穏な言動をぶつけてきた有珠を入れた青子と草十郎の3人によるエキサイティングな展開が、9月30日発売の『魔法使いの夜 中』(星海社FICTIONS)では予期される。

 そこを乗り越えても中巻の残りから最終下巻での展開は、ゲーム未プレイの人にはほとんど未知数。1980年代という物語の舞台も、2000年代生まれの人はもちろん平成生まれの人にも想像がつかない”異境”だろう。そんな時代の空気感を漂わせつつ繰り広げられる伝奇バトルの行方と、そして青子と草十郎の行く末に意識を向けて、物語の進行を見守るのが良さそうだ。

『Fate/Grand Order』でサーバントとして暴れ回りつつ、猫の着ぐるみを着て自転車に乗り、『まっどべあ』の出前を届けつつ敵に突撃する不思議な行動を見せたキャラが、本当は何者なのかを知る意味でも。

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる