つげ義春、ねこぢる、たむらしげる……「ガロ」とアニメーションの軌跡を『赤色エレジー』林静一が振り返る

「ガロ」とアニメーションを林静一が語る

 白土三平の『カムイ伝』やつげ義春『ねじ式』といった作品を送り出し、日本の漫画史に名前を残す「ガロ」からは、アニメーションの世界にも印象的な作品や作家を送り出している。8月19日から23日まで開催された「ひろしまアニメーションシーズン2026」(HAS2026)では、「『月刊漫画ガロ』とアニメーション特集」のタイトルで、「ガロ」で活躍した林静一やたむらしげるの監督作品や、ねこぢる原作の『ねこぢる草』を上映し、林静一が登壇して自身の経験を振り返った。

広島市で8月19日から23日まで開催された「ひろしまアニメーションシーズン2026」

 「青林堂の忘年会でお会いしていましたが、何も言わない方なんですね。こんにちはと言うくらいで、あとはお酒を飲んでいました」。8月21日にHAS2026のプログラムに登壇した林静一が振り返ったつげ義春の印象は、表舞台に立つ姿をあまり見せなかったつげらしさが感じられるものだった。

 2026年3月3日に死去したことが世界中で話題となったつげについて、「ほとんど話をしたことは無かったんです」と言う林。ただ、「一度、新宿で忘年会を開いて、そのあと駅の方に帰って行った時、つげさんが私に向かって『林さん、あなたは死ぬほどの恋愛をしたことがありますか』と突然言われたんです」。文学性や叙情性を持った作品を世に送り出し、漫画の届く世界を大きく広げたつげの言葉に、林は「この人やっぱり、ああいう漫画を描く人なんだって」感じたそうだ。

 竹中直人監督でヴェネツィア国際映画祭の国際批評家連盟賞を受賞した映画『無能の人』(1991年)をはじめ、実写化作品は多いつげだが、アニメーション作品は見かけない。対して林は、1970年に描いた『赤色エレジー』がヒットし、漫画家として注目を集めていたかたわらで、1968年に自主制作アニメーション『かげ』を監督し、1971年には『鬼恋歌』も手がけてアニメーション作家としても存在感を見せた。

 何しろ林のスタートは東映動画(現在の東映アニメーション)だ。入社はあの宮﨑駿監督とほぼ同じ。「あれは半年後輩です」と言って来場者を笑わせたが、師匠に天才アニメーターと呼ばれた月岡貞夫がいて、こちらも2026年3月6日に亡くなった芝山努もほぼ同期という環境の中でアニメーターとして活躍していたということは、そのまま林の腕の確かさを表す。

 その林だが、東映動画を退社したあたりで、名編集者として知られた高野慎三と出会い「ガロ」に漫画を描くようになっていく。同じ頃、月岡とともに設立したアニメーション制作会社のナックで、『すばらしい世界旅行』のアニメーション部門も手がけるようになっていた。ただ、「テレビアニメを始める予定になっていたんですが、70年代にということで暇だった」ということもあって、漫画をさらに描くようになっていき、そこから『赤色エレジー』が誕生した。

 これが、なんと漫画家を目指す貧乏アニメーターの話。「労働者という立場で考えた話です」。林によれば、東映動画に入った頃の給料は「1万2000円」だったそうで、当時の大卒初任給とそれほど開きはないものの、決して高水準ではなかった。加えて、「虫プロが良かったんですよ。スポーツカーでやってきて、お前まだ東映でやっているのかと言われました」。

 そうした格差を身に浴びた経験から、『赤色エレジー』の貧乏なアニメーター像が生まれてきた。だったらもう、アニメーションはこりごりなのかというと、久里洋二らが手がけるようになった短編アニメーションに惹かれていく。

 「アニメーションというと長編が一世を風靡していて、短編はあたまになかったんですが、久里さんたちが短編を描いて、それがすごく新鮮だったんです」。好きなことを描けてフィルム代も現像代も長編よりは少なくて済む。そうした関心と、「ガロ」というこちらも独自の表現を追求できる場で漫画を描いた経験から、HAS2026で上映された『鬼恋歌』などが生み出された。

 HAS2026では、「ガロ」誌上で活躍して詩情にあふれたイラストレーション的な作品を多く描いたたむらしげるが、自身で監督した『クジラの跳躍』も上映された。デジタルコンテンツの制作を行っていた「愛があれば大丈夫」という会社が手がけたアニメーションは、時間が止まった海の上で、クジラが海の上を跳ぶ様子を大勢が眺めるストーリーが、キャンディーのような透明感を持った映像で表現されている。

 漫画やアニメ、ゲームといった新しい文化を取り上げ、表彰するために始まった第2回文化庁メディア芸術祭で、アニメーション部門の大賞を獲得したのもうなずける作品だ。

 もう1作、こちらは1990年代に「ガロ」に連載されて、愛らしいキャラクターとダークでシュールな内容で支持を集めたねこぢる作の『ねこぢるうどん』を原作に、やはり2026年4月24日に亡くなった『機動戦艦ナデシコ』の佐藤竜雄監督が手がけた『ねこぢる草』も上映された。『ナデシコ』や『飛べ!イサミ』の賑やかさとは正反対の、にゃーことにゃっ太が死の国をさまようような暗い展開で、サーカスの見世物で人体が切り刻まれたり、漂流する舟に乗り合わせた豚が肉を食われたりとシュールなシーンが続く。

『ねこぢる草』 ©️ねこぢる・大和堂/ねこぢるファミリー

 脚本・演出には『マインド・ゲーム』(2004年)の湯浅政明監督が参加していて、絵コンテと作画監督も担当している。登場する人物たちの歪んだフォルムや揺れるような動きは確かに湯浅監督的。それが、ねこぢるという90年代の「ガロ」を代表する漫画家の作品と重なった時に生まれるビジョンは、同じように愛らしさと不穏さの融合で話題の『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』とはまた違った感慨をもたらしてくれる。

 『クジラの跳躍』や『ねこぢる草』とそれぞれの作者について、活躍した時代が少し離れている林からの言及はなかったが、60年代から90年代にかけて日本の漫画誌の上に小さくない存在感を示し、今に続く影響を残した「ガロ」ならではの自由さと奥深さが、これだけでも多様と分かる作品を生み出したことが分かるプログラムだった。

 林は漫画界についても話していて、週刊漫画誌という日本に独特のメディアに漫画家たちがどのように挑んでいったかを、改めて検証する必要があることを訴えていた。

 月刊ペースで描いていた漫画を週刊ペースで描くようになり、「手塚治虫さんたちはものすごいスピードの中に入り込みました。この辺の、人気漫画を描いた人たちが週刊化した時にどのように会社を変えてきたのかを聞いて欲しい」と林。手塚や横山光輝といった当時の変化を知る漫画家たちが亡くなっていっているだけに、「何かコメントとして残して欲しい。そうすることで次の世代が分かるんです」。文化史のオーラルヒストリー的な取り組みの大切さを改めて感じさせるトークだったとも言えそうだ。

HAS2026に登壇した林静一【右】と、アーティスティック・ディレクターでアニメーション作家の山村浩二【左】

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