小川哲 × 凪良ゆうが明かす、創作の手の内「作家にとって切実に書けるテーマなんて一つしかない」

小川哲 × 凪良ゆうが語り合う創作論
小川哲『こうやって作家は言葉を紡ぐ』(実業之日本社)

 みずからの創作論を語る『言語化するための小説思考』(講談社)が話題を呼んだ小川哲。このたび実業之日本社から刊行された『こうやって作家は言葉を紡ぐ』は、小川がさらに一歩踏み込み、プロの作家たちとの対談を通じてその頭のなかを覗き見て、手の内を解き明かそうとする、新しい小説の書き方本であり、かつ、自分だけの思考プロセスを構築するための指南本でもある。本書に登場するのは中村文則、万城目学、高瀬隼子、京極夏彦に尾崎世界観、魚豊など小説に限らず表現を追求する14人。

 同書の刊行を記念し、番外編として凪良ゆうとの対談イベントが、7月25日にジュンク堂書店池袋本店にて行われた。『多類婚姻譚』(講談社)が第175回直木賞候補作となり、横浜流星たっての願いで『汝、星のごとく』(同)が映画化されるなど、多くの読者に広く深く愛され続ける凪良の手の内が垣間見えた同対談。その一部をここに再編集してお届けする。

作家にとっての「テーマ」とは?

左、凪良ゆう。右、小川哲。

小川哲(以下、小川):控室でも話していたのは、新刊にあわせて取材を受けるたび必ず聞かれる「なぜこういう本を書こうと思ったのですか?」という質問のこと。何度も答えるうちにその理由がストーリーとして組みあがって、捏造されていくんですよね。もちろん嘘をついているわけではないんだけれど。『多類婚姻譚』も、最初から結婚というコンセプトで決まっていたわけではなく、連作短編を書いていくうちにかたまっていった、とインタビューでお話されていましたね。

凪良ゆう(以下、凪良):……というストーリーを、インタビューを何度か受けているうちにつくってしまったのかな(笑)。だいたい何かを書きはじめるとき、テーマなんてそんなに考えていないんですよね。夢中になって書きあげて、一冊の本にまとまったとき、テーマが見えてくることのほうが多い気がします。

小川:ただ、短編集に限っていうと、僕は毎回、一冊になることを見越して書いているんです。昔はもう少しゆるかったかもしれないけれど、今の時代、コンセプトのないただの「小川哲短編集」では売れないし、版元も企画としてうなずいてくれない。だから、版元に短編をお渡しするときは、二本目のときに一本目から断片を拾って、重なるコンセプトを入れるようにしているんです。

凪良ゆう『多類婚姻譚』(講談社)

凪良:言われてみれば私も、結婚をテーマにしようと意識したのは二本目からだったかもしれません。一話目と二話目が明確につながっているかというと、違うような気もするけど、五話そろってはじめて浮かびあがるものがある。連作短編集全体のカラーが自然と統一されていることが不思議だなと今、お話を聞きながら感じました。でも小川さんは私よりもずっとロジカルに考えて、かたちを整えているんですね。

小川:なんとなく断片を拾い集めた結果、共通するものが浮かびあがっていくというのは僕も同じなんだけど、版元ごとにテーマを意識するようになったきっかけがありまして。僕が初め出した短編集は早川書房の『嘘と正典』で、時間をテーマにしたSFなんですけど、実は河出書房新社にも同じテーマで書いた短編を一本、お渡ししているんですよね。それも一緒にまとめるつもりでいたら、「うち(河出)からも短編集を出したいからだめ」って言われてしまった。まあ、僕としては、そう言ってくれるのならありがたいし、河出に渡したものだから仕方がないと思って、早川用には書きおろしを一本書いたんだけど、じゃあ河出から出す短編集はどんなテーマでいけばいいんだ?という新たな問題が生じた。時間SFではもうくくれませんから。

凪良:それは大変!

小川:大変でしたね。考えあぐねた結果、その短編のサブテーマである宗教をテーマにすることに決めて生まれたのが『スメラミシング』という短編集です。宗教について書きたい気持ちなんて全然なかったけど、しかたがないから書いてみよう、書いてみたらどうなるかなという状況を僕が楽しめる性格なのは幸いしましたね。

凪良:そこで切り替えられるのがすごいですし、自分になじみのないテーマでも全力で楽しんで書くことができるのは、作家向きの性格ですよね。私は感覚的に書くことしかできなくて、自分でもうまく言語化できないことが多いんです。だから、同じ状況に陥ったら「私はその短編も含めた状態で一冊にまとめることしか考えられないので、申し訳ありませんが、短編集はまた別の企画としてご相談できませんか」と言ってしまうかもしれない。

小川:凪良さんの場合、書いた作品からしか、自分が何を書きたかったのかがわかってこない、という感じなんでしょうか。

凪良:そうですね。このテーマがあるから書きたいとか、なんのために書くとか、ほとんどなくて。それを探すために書いているという感覚です。ただ、毎回、たどりついてしまいがちなゴールってあるじゃないですか。プロとしてそれではいけないし、たまには違う切り口で違うテイストの作品を書きたいと思って始めても、否が応でもそのゴールにたどりついてしまう。またここにきてしまった、ということが私はとても多いんですね。私はワンパターン作家なのではないかと一時期、ひどく悩んだのですが、担当編集者さんが「それこそが作家としてあなたが抱え続けていくテーマなんじゃないですか」と言われて、はっとしました。テーマと切り口を、私は混同していたんだなと。

小川:それでいうと、僕も同じことばかりやっていますよ。そもそも、作家にとって切実に書けるテーマなんて一つしかないと僕は思っています。ただ、読み手って意外と、それに気づいていないことが多いんですよね。たとえば村上春樹だと、20~40代の男性が語り手になることが多くて、なんとなくその語り手の性質には通じたものがあるように感じられている。作品を出すたびにまるで異なることに挑んでいるし、実際、テイストも切り口も全然違うんだけど、「また同じことを書いている」と認識している人は、少なくない。ほかにも、たとえば「いつも1950年代を舞台に書いている」とか「毎回、女性が主人公のラブコメだ」とか、そっちのほうを多くの人はワンパターンだと認識してしまう気がする。だから僕は最近「また同じことを書いているかも」なんてことは気にしないようにしています。どうせ、同じになるに決まっているから。

凪良:小川さんは同じことをしていると私は感じないけど……でも、そういうことなのか。

小川:そう。これは言うのが恥ずかしいんだけど、僕、演説シーンを書くのが得意だから、すぐに書いてしまうんですよ。僕の小説は現代日本を舞台にしていないことも多いので、読者に共有してもらわなきゃいけない情報がいろいろあるんだけれど、長セリフで説明するといやがられる。だから、スピーチや演説のなかに織り交ぜて、語らせてしまうんです。便利だから、困ったらよく使っちゃう。

凪良:じゃあ、登場人物に必ず一人は、演説しそうな人がいるってことですか(笑)。

小川:いなくても大丈夫です。せざるをえないシチュエーションをつくればいい。今、新聞連載している小説では、記者会見させましたから。記者会見なら、一方的にしゃべることもあるでしょう。こういうトークイベントの場でもいいですよね。僕くらいになると、演説の気配がなくても演説させられるんです(笑)。ただ、楽な手口であるぶん、読者がひきこまれるような、聞いていたいと思わされるような演説にしなきゃいけないですけどね。今のところ、読者が「そこが面白かった」と言ってくれることが多いので、成功しています。自分のなかでは、また同じことをやっちゃったな、と思わないでもないけど、僕のプライドだけが理由で書かなくなって、それで読者がつまんなく感じるなら、本末転倒じゃないですか。

凪良:たしかに。ちょっと創意工夫をめぐらせたがゆえにまずくなった料理、みたいになっちゃうかも。たまには新しい味付けに挑戦したくもなるけど、お店に来てくれる人は、それを求めていないんですよね。いつものあの味が食べたいから、何度も足を運ぶ。

小川:作家の葛藤に必要以上に読者をつきあわせちゃいけないなと思います。それに、毎回同じところにたどりついてしまうのに、読者がちゃんとついてきてくれているなら、それは作家としての完成形じゃないかとも思うんですよ。同じものを書き続けて、ゆるやかに滅びていく人もいるから、そうなったら考えものだけど。

凪良:怖いこと言わないでください(笑)。最近、作家のお友達とも話していたんですけど、キャリアを重ねて、ある程度の部数が見込めるようになってくると、編集者の方たちって指摘しなくなってくるじゃないですか。それが怖いんですよね。だめなところがあったら遠慮せずに言ってね、って言ってもたぶん、言わないよねって。小川さんは、どうですか?

小川:まあ、だんだんと言われなくなってきましたね。でもそれって、遠慮して言えないっていうより、ちょっと「ん?」と思うことがあっても「まあ、凪良さんがこう書いているってことはこれが正解なんだろうな」とリスペクトされすぎてしまっている、ということなんじゃないかと思うんですよ。そうなると、遠慮しているつもりはなくても、編集者は言わなくなる。凪良さんが結果を出している以上は、きっとその感性が、感覚が、正しいんだと信じてしまっているから。もちろん、指摘が少なくなってきたのは小説が上手になってきた証という可能性もあるけど、小説って人の好みに左右されるものである以上、指摘が少なすぎるのも不自然だから。採用するかどうかは僕が決めるから、好みレベルのことも言ってほしいんですけどね。

同じテーマを書いた「Position Talk」と「落ち着いて」

凪良:私、小学館の『GOAT』に掲載された小川さんの短編「落ち着いて」がものすごく……好きとは言いたくないくらい胸に突き刺さったんですよ。主人公は、息子のトラブルについて離婚した夫に相談するんだけど、元夫は妻があれこれ心配していることをさらっと流して、合理的で冷静な解決策を提示するんですよね。それをみて、息子は「さすが親父」みたいな感じになるのが本当に胸が痛かったし、妻サイドは、なにかあるたびに「落ち着いて」と元夫から言われてしまうのが、もう……。

小川:『多類婚姻譚』の「Position Talk」でも、「落ち着いて」という言葉が象徴的に使われているんですよね。書いたのはほとんど同時期なのかな。どちらがパクったのか、作品史上では今後論争になるのかもしれないなんて思ったんですけど(笑)。

凪良:一応、私は「Position Talk」を書いたあとに読みました(笑)。私自身、パートナーに「落ち着いて」ってよく言われるんですよ。それがもう、本当に腹が立つ。そのたった五文字で、マウントをとられたような気持ちになるんですよね。逆に小川さんは、日頃、「落ち着いて」って言う側なんだろうなあと思いながら読んでいました。

小川:おもしろいですよね。凪良さんは「落ち着いて」と言われる側だからこそ、言う側の男性視点で書いた。僕は、「落ち着いて」と言う側だからこそ、言われる側の女性視点で書いた。僕としては「一回、冷静になろうよ」「妥協点を見つけよう」って意味で言っているんだけど、それがどうして火に油を注ぐ状態になるのか、考えてみようと思ったんですよね。「落ち着いて」と言う言葉はなぜそれほどまでに人の落ち着きを失わせるのかという。

凪良:あのですね、その言葉を放った瞬間、世界が二つに分かれるんですよ。理性的にしゃべっている僕と、そうではないあなたに分かれる。そしてこの現実世界は、理性的であることのほうがよしとされるきらいがある。だからマウントをとられた気持ちになるし、小川さんの小説「落ち着いて」ではその心理をしっかり分析したうえで書かれていたので、そこまでわかっているなら言わないでよって思いました(笑)。

小川:まあ僕も、何度かその言葉を放ったことによって、追い詰められたので。そういう自分の加害性について向き合ってみようと思ったんですよね。そもそも僕は、どうしようもないことについて話し合うことを軽んじる傾向にあって。たとえば最近、うちのマンションが大規模修繕工事をはじめて、騒音がひどいことに妻が悩まされているんですけど、それもどうしようもないじゃないですか。耳栓するとか、外で作業するとか、提案することはできるけど、工事をやめさせるわけにはいかないじゃん、ってスタンスだったんですが……。

凪良:ああ……。

小川:そういうことじゃないんですよね、わかります(笑)。ある程度年齢を重ねて、そして小説を書くことによって、どうやら、どうにもならないことも話して共有することで気持ちがやわらぐ場合もある、僕はそうじゃなくてもそういう人がいる、ということを知ることができた。小説を書くようになって、自分の加害性というものも注視するようになり、人間関係のからくりがわかるようになった気がしますね。

凪良:それは、私も同じですね。これまで無駄な言い争いを重ねた経験から、小川さんみたいな人にはちゃんと「今、私は解決策を示してほしいわけではなく、ただ、私のつらい、悲しいという気持ちを聞いてほしいだけだし、実践的なアドバイスはノーサンキューです」ってこちらがなにを欲しているのかを説明しなくちゃいけないのだと理解し、実践するようになりました(笑)。そうやってきちんと言語化して伝えると意外なほど「ああ、なるほどね」と相手も理解してくれるので、察してちゃんだった自分自身にも気づいて反省しました。人間関係は、小説を書くようになったことで、だいぶ改善された気がします。ただ難しいなあと思うのは、理解したからこそ、私は「Position Talk」を男性の視点で書いたんですよ。女性の発言権が大きくなるにつれて、男性がモノを言いづらいになってきている。でも男性だって、言いたいことはたくさんあるだろうということを、ちゃんと掬い上げたいと思ったんだけど、感想のなかには「著者の男性に対する激しい憎しみを感じた」というものもあって。ああ、人間ってこうもわかりあえないものかと、ちょっとおもしろくなりました。

小川:それは僕は全く感じなかったですけどね。

凪良:でもそうした男女のすれ違いを、私が女性性のままで書くとおそらく感情が乗りすぎてくどくなる。もともと私は筆があまりに進んでしまうときは、いったん席をたって頭を冷やすようにしているくらいなので、「Position Talk」を男性視点で理性的に書く意味というのは非常に大きかったと思うんです。おそらく、小川さんが「落ち着いて」を男性視点で書いても似た問題が出てくると思う。理性的な小川さんがあえて女性視点で書くことによって、ふだんあまり動かさないようにしている感情的な部分が解放されたのか、いつもの小川作品とはひと味違うエモーショナルさを感じました。

小川:小説ってそこが面白いですよね。理性で伝えなきゃいけない部分と、感情や共感で伝えなきゃいけない部分が両方ある。だからといって、ブチ切れている状態でブチ切れている人のことを書いても伝わらない。理性と感情のバランスをどう作っていくかというところに作家の個性はあらわれる気がします。凪良さんは頑張って理性を呼び起こし、僕のは頑張って感情の残滓をかきあつめているみたいに。それが、いわゆる小説の技術というものにつながっているのかもしれませんね。

イベント終了時にはサイン会の時間も

■書誌情報
『こうやって作家は言葉を紡ぐ』
著者:小川哲
価格:2,640円
発売日:2026年5月28日
出版社:実業之日本社

『多類婚姻譚』
著者:凪良ゆう
価格:2,090円
発売日:2026年5月27日
出版社:講談社

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