松樹凛『ぼくらが夕闇を埋めた場所』で仕掛けた“多重解決”の作劇術  「ミステリ読者の期待を良い意味で裏切りたい」

松樹凛が語る『ぼくらが夕闇を埋めた場所』

 第12回創元SF短編賞受賞作を収めた『射手座の香る夏』に続き、最新作『ぼくらが夕闇を埋めた場所』(双葉社)の表題作で第79回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞した松樹凛。選評でも絶賛された文章力・構成力を武器に、ミステリの「お約束」や読者の「先読みする習性」を逆手にとる仕掛けはいかにして生まれたのか。アリス・マンローや海外YA作品から得た表現の技巧、作中から滲む“ある海外ミステリ作家”へのリスペクト、そして密かに進行する「萌え萌え青春三部作」の構想まで語ってもらった。

単なる謎解きの話ではなく、感情の変化に焦点を

――松樹さんの新作『ぼくらが夕闇を埋めた場所』の表題作は、第79回日本推理作家協会賞短編部門を受賞されました。日本推理作家協会の公式サイトに掲載された選評などを読むと、特に構成力と文章力の点でかなりの高評価だったことが窺えます。

『ぼくらが夕闇を埋めた場所』(松樹凛/双葉社)

松樹凛(以下、松樹):ありがとうございます。「ぼくらが夕闇を埋めた場所」は「WEB小説推理」の担当編集さんから「ミステリに当てはまる作品であれば、自由に書いて構いません」という形で依頼をいただきました。でも、せっかくミステリを書くのであれば、思いっきりジャンルとして濃いものを書いてみよう、という気持ちで執筆に臨みました。それまでの作品はジャンルでいえばSFに該当するものだったので、正直に言えば本格的にミステリ小説を書く事については不安もありました。だからこそ一層、ミステリの賞で評価いただいたことが嬉しいです。

――「ぼくらが夕闇を埋めた場所」は主人公が何やらよく分からないものを穴に埋めようとしている同級生に呼び出される場面から始まります。同級生の女の子は、なぜ自分が呼び出したのかを三回の推理までで言い当てて欲しい、と主人公に言います。非常に凝ったシチュエーションのミステリだなと思いました。

松樹:一つの謎を多角的に検証するタイプのミステリが好きなんです。探偵役一人が推理するにせよ、複数人が一つの謎に対してディスカッションを行う形式にせよ、いわゆる“多重解決”と呼ばれるような謎解き小説には惹かれるものがあるんですよね。そのうえで「ぼくらが夕闇を埋めた場所」では、謎解きが進むにつれて主要登場人物二人の関係性が掘り下げられていくように書きました。単なる謎解きの話ではなく、青春小説として登場人物たちの感情の変化に焦点を当てた作品にしたかったんです。

――二編目の「カフェオレ色の恋をした」も青春小説の要素が濃いミステリですが、どこからミステリの趣向が出てくるのか分からない構造が楽しかったです。

松樹:「WEB小説推理」で再び短編を書くにあたって、「ぼくらが夕闇を埋めた場所」とは異なるスタイルで勝負しようと思いました。青春ミステリと呼ばれるような作品は自分も好きなのですが、構造的な部分で少しだけ疑問のようなものを抱いていました。その疑問から発想を広げて書いたのが「カフェオレ色の恋をした」という作品です。この短編を書いている辺りから「『WEB小説推理』で短編が書き溜まったら、いずれ単行本として一冊にまとまるはずだ」ということを意識し始め、二編目以降は読者が飽きないようになるべく趣向がバラバラのものを書いていこうと考えました。

――単行本『ぼくらが夕闇を埋めた場所』は青春小説として間口が広いイメージがある一方で、ミステリとしてはジャンルファンを唸らせるような趣向にも挑戦している印象を受けます。その辺りのバランスが良いと感じました。

松樹:ミステリのジャンルファンを意識して書いている部分はあります。正確に言うならば、謎解きミステリの約束事やルールを理解しており、「次はこういう展開が来るんだろうな」と先読みをしている読者ですね。読者の想像力の外側へとはみ出していく物語はSFでは比較的書きやすい気がしますが、ミステリではなかなか難しい。物語の様式がある程度決まっていますからね。でも、自分はそういうミステリ読者の期待を良い意味で裏切りたいという思いが強く、ジャンルファンの読み方を敢えて逆手に取るような書き方をすることが多いです。一編目の「ぼくらが夕闇を埋めた場所」はミステリらしいミステリを書こうという姿勢でしたが、「カフェオレ色の恋をした」以降の短編は形式から少しずつ外れていく事を目指しました。

“新本格推理”から海外YA・翻訳文学へ広がっていった読書体験

――松樹さんは慶應大学在学中に推理小説同好会に所属していたそうですね。学生時代は特にどのようなミステリを読んでいたのでしょうか?

松樹:同好会に在籍していた頃は、国内作家のミステリ作品を多く読んでいました。綾辻行人さんの『十角館の殺人』に始まる“新本格推理”と呼ばれる作品群や、講談社が主催するメフィスト賞の受賞作や受賞作家の作品が特に好きでした。

――大学時代は日本の作品が読書の中心だったんですね。

松樹:はい。ただ、社会人の頃から読書傾向が少し変わっていきました。海外の児童文学やヤングアダルト作品、海外作家のミステリなど、翻訳小説が中心になっていったんです。ジャンルに限らず海外文学も読むようになり、たとえば「新潮クレストブックス」で出ているような作品も読みました。デビュー作の『射手座の香る夏』(東京創元社)はSF、『ぼくらが夕闇を埋めた場所』はミステリと各々でジャンルは違いますが、海外のヤングアダルト(YA)作品に近い雰囲気を持つ作品も収められているという意味では共通項があると思います。

――海外作品でお好きな作家の名前を幾つか挙げていただく事は出来ますか?

松樹:児童文学やYA作品ですと、ジョン・グリーンですね。私が好きな海外YA作品の叢書シリーズに岩波書店の「STAMP BOOKS」があるのですが、その中で『ペーパータウン』(金原瑞人訳)と『さよならを待つふたりのために』(金原瑞人、竹内茜訳)『どこまでも亀』(金原瑞人訳)という三作が刊行されている作家です。海外文学では主に短編作品が好きですね。その中でも短編小説の名手として名高いアリス・マンローの作品はお気に入りです。マンローの小説からは短編の書き方を学んだ気がします。

――翻訳ミステリでも好きな作家は多いんですよね?

松樹:そうですね。影響を受けた作家は何人かいます。実は『ぼくらが夕闇を埋めた場所』も、ある海外ミステリ作家に対するリスペクトが込められた作品になっています。具体的な名前はネタバレになりそうなので言えないのですが、翻訳小説ファンにお読みいただければ、「ああ、もしかしたら“あの作家”からの影響が強いのかな」と気付いてくれる方も多いかと思います。尤も収録作の内の一編では初稿を書き上げた時に「あまりにも“あの作家”に寄せすぎたな」と思い、改稿したという事もありました(笑)。“あの作家”とは一体誰なのかについては、作品を読んでいただいた方の想像にお任せしたいと思います。

密かに進行する「萌え萌え青春三部作」構想

――『ぼくらが夕闇を埋めた場所』の次に刊行を予定されている作品もミステリなのでしょうか?

松樹:ミステリ以外のジャンルが中心になります。東京創元社で『射手座の香る夏』に続くSF短編集第二弾を出すため、それに向けて短編を書いている途中です。また、某社ではホラー作品も現在書き進めているところです。こちらは初の長編作品になります。実はこのホラー作品、「ぼくらが夕闇を埋めた場所」と『射手座の香る夏』収録の「十五までは神のうち」と、とある青春ラブコメ漫画が着想元になっているという共通点があるんです。私の中では勝手に「萌え萌え青春三部作」と名付けているんですが(笑)、日本の青春ミステリやラブコメにあるような設定から、海外YA作品のような雰囲気の物語を書くという点が共通しています。ホラー長編は『ぼくらが夕闇を埋めた場所』を楽しんでくださった方も、きっと気に入っていただけるのではないかと思っています。

■書誌情報
『ぼくらが夕闇を埋めた場所』
著者:松樹凛
価格:1,870円(税込)
発売日:2026年9月16日
出版社:双葉社

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