『本当にあった話(の話)』は、どこが本当なのか? 滑稽でありながら薄気味悪い物語

10月2日に映画『本当にあった話(の話)』(武井佑吏監督。水上恒司、黒木華 山下美月、小池栄子、佐々木蔵之介出演)が公開された。原作は、鴻池留衣『本当にあった話(の話)』(2026年)に収録された表題作の中編小説(『文學界』2021年12月号初出)。「配偶者入れ替え連続殺人事件」の舞台化をめぐる一風変わった話である。
それにしても「配偶者入れ替え連続殺人事件」とは、興味を引かれるワードだ。小説のなかで実際にあったとされるこの事件は、都内の会社に勤める遠藤藤子が、芝居をしているフリーター、飯田毅と恋愛関係となり、結婚を望んだことが発端となる。厳格な父母は、2人の結婚を認めない。それに対し、会社で人事部にいる藤子は、新卒採用で毅に似ている遠藤大輝をみつけ、あれこれ策を弄して彼と結婚してしまう。そのうえで毅と共謀して大輝を殺害し、毅が大輝の身分を奪う。すり替わった「大輝」を藤子の両親は、娘の夫として認める。だが、結婚生活は破綻して藤子はその夫を殺し、「大輝」の中身をさらなる別人へと入れ替え、また殺し……。
世間では記憶が薄れたこの事件に強い関心を抱き、藤子と大輝の名前を変え「貴子とマサキの恋物語」として脚本に書き、舞台化を望んだのが垣内志乃だった。演出家の加藤鶏冠手(かえるで)がその話に乗り、役のオーディションが行われる。加藤は、飲み仲間の米良チサトをヒロインに起用しようと目論む。その一方で、加藤が用意した「登場人物ご本人を、お待ちしております」という募集の文言に対して、自分こそがマサキ本人だと主張する夛田(ただ)が応募して現れ、状況は次第に歪んでいく。
まず、事件における最初の入れ替わりからしてねじれている。藤子は、毅との恋愛関係維持と、親に認められた結婚を両立させようとして、入れ替え殺人に踏み切ったはずだ。だが、入れ替わった事実が発覚するのを防ごうと、毅を「大輝」と呼び、毅に「大輝」のようにふるまうことを要求する。これでは藤子が夫にしたかったのは「大輝」のようだし、毅には彼女と一緒にいる意味がわからなくなってくる。藤子が恋愛と結婚を両立させたいなら、不倫という選択もあったはずだが、なぜそうしなかったのか。
「貴子とマサキの恋物語」のオーディションの過程では、事件のそうした不可解な点が議論になる。演出家の加藤や役者としてくすぶっている米良チサトは、欲望や野心でこの芝居にかかわった部分が多いが、脚本を書いた垣内志乃や、役者の実績はあまりないが自分はマサキ本人だと自信満々な夛田は、この事件、この物語に普通ではない執着をみせる。藤子=貴子が本当に愛しているのは、大輝=マサキなのか毅=(脚本では)タカシなのかなど、垣内と夛田の解釈は衝突する。垣内は脚本家として芝居を支配しようとするが、夛田はそれが実話をもとにした創作であることを指摘し、マサキ本人=実在の大輝として一歩も引かないのだ。
また、事件では「大輝」を名のる男は5人まで入れ替わっており、脚本の「マサキ」もそれを踏襲して書かれていた。だが、予算などの制約から、実際の芝居では役者を5人使うことはせず、入れ替わり順に「マサキ(奇数)」と「マサキ(偶数)」の2人で5人を演じることにしていた。夛田の主張するマサキ本人と、複数人からなる「マサキ」の整合性はどうなっているのか。あちこちでズレが生じながらも、芝居は上演されることになる。
周囲から期待される役割と自分の本心が異なる状況は、たいていの人が経験していることだろう。この小説は「配偶者入れ替え連続殺人事件」という特異な題材を通して、そんなありふれた経験を戯画化したものと読める。
藤子=貴子は、厳格な両親が考える結婚の枠組みのなかで「配偶者入れ替え連続殺人」を行い、彼らが望む娘の姿をまっとうしようとした、あるいは、密かに反抗しようとした。それに対し、夛田は、垣内たちが用意した「貴子とマサキの恋物語」という芝居をめぐり、マサキ本人としてふるまうことで事件の真実へ至ろうとする、あるいは、脚本の制約から飛び出そうとする。事件をもとに脚本のストーリーが書かれただけでなく、芝居を上演する行為そのものが、枠組みを受け入れるか逸脱するかという、事件と相似した構造なのだ。
象徴的なのは、「貴子とマサキの恋物語」の始まり方である。観客席で離れて座っていたマサキ=夛田が起立し、舞台に上る。次いで貴子=米良も観客席から舞台へ移動し、2人がそろって芝居がスタートする。ほどなくして、夛田がいた席には演出の加藤が座り、米良がいた席には脚本の垣内が座っている。加藤と垣内は「貴子とマサキの恋物語」を作った側だが、いったん芝居が始まってしまえば、舞台上で実際に起きつつあることに介入するのは難しい。娘の結婚生活に対する父母がそうであるように。
このように似た図式が積み重ねられつつ、歪みやズレが増え、事態が混沌としていくのが面白い。滑稽でありながら薄気味悪い物語だ。























