なぜ『ハンチョウ』だけ20巻超え? 悪党のおっさんがただ飯を食うだけで大ヒットする悪魔的理由

『ハンチョウ』が長寿スピンオフとなった理由

 9月29日のAmazon売れ筋ランキング「本」部門で95位にランクインしていたのが、『1日外出録ハンチョウ(23)』(ヤンマガKCスペシャル)である。福本伸行のコミック『賭博破戒録カイジ』(ヤングマガジンコミックス)に登場した大槻班長を主人公にした、スピンオフコミックの最新刊だ。

 早いもので、『ハンチョウ』ももう23巻である。『カイジ』本編で大槻班長が活躍したのは、なんだかんだで『賭博破戒録』の5巻前半あたりまで。単純にページ数についてだけならば、大槻個人については完全に本編を喰ったと言っていい長期連載になっており、しかもまだまだ終わる気配がまったくない。大槻、恐ろしい奴である。

福本作品に根付くスピンオフ文化と「社会人あるある」の誕生

福本伸行 (協力)、萩原天晴(原作)、上原求(漫画)、新井和也(漫画)『1日外出録ハンチョウ(23)』(ヤンマガKCスペシャル)

 よく知られているように、福本伸行作品には多くのパロディ・スピンオフ作品が存在する。そもそも、福本の人気作である『アカギ ~闇に降り立った天才~』(近代麻雀コミックス)が『天 天和通りの快男児』(近代麻雀コミックス)のスピンオフであり、重要キャラクターである赤木しげるの少年時代からを描いた作品だ。『天 天和通りの快男児』からは『ワシズ 閻魔の闘牌』『ワシズ 天下創世闘牌録』(いずれも近代麻雀コミックス)といったスピンオフも生まれている。

 しかし、『ハンチョウ』につながる作品となったのは、2015年から連載が開始された『中間管理録トネガワ』(ヤングマガジンコミックス)だろう。帝愛グループの最高幹部にして主人公・カイジの敵として登場し、絶対的な悪役ぶりを見せつけた利根川の、勤め人としての悲喜こもごもを描いたスピンオフである。本作は福本作品のスピンオフにおいて、初めて「社会人あるある」という要素を搭載した作品だ。

 『カイジ』をはじめ、ギャンブルを題材にした福本作品の登場人物たちは、一般人の常識を大きく超えた感覚を持っている者ばかりである。億単位の金が動くギャンブルの現場で極限の精神力を試され、その中で生命を燃焼させ、勝ったり負けたりしながら死力の限りを尽くす。熾烈な鉄火場で目を血走らせながら必死の勝負をするキャラクターたちの感覚は、我々の理解を超えている。

 そんな勝負の世界にいた連中も、メシも食えば風呂にも入り、夜は寝るはずである。仕事で悩むこともあるだろうし、休みの日には遊ぶだろう。本編での熾烈な戦いと、そういった日常的な「社会人あるある」のギャップが、これらのスピンオフの特徴であり、このギャップの魅力から『トネガワ』のあとに『1日外出録ハンチョウ』が始まり、裏カジノの店長だった一条の若い頃の日々を描いた『上京生活録イチジョウ』(モーニングKC)が始まった。ついでに書けば、『最強伝説 黒沢』(ビッグコミックス)で黒沢と戦ったのちに仲間になった不良・仲根を主人公にした『最強伝説 仲根』(ビッグコミックス)というスピンオフも生まれた。

 しかし、それらの中で20巻を超える冊数が出版され、現在もヒットを続けているのは『ハンチョウ』だけである。「社会人あるある」を扱っているという点は『ハンチョウ』も他と同じ。言ってしまえば「おっさんの休日あるある」を描いているだけのコミックがこれだけ長期連載になっているのは、不思議といえば不思議だ。

 理由として考えられるのが、まず『ハンチョウ』独特の読み味の軽さだ。思えば『トネガワ』はタイトルの通り、中間管理職のしんどさがかなり前面に押し出されていた。部下の黒服とわがまますぎる総帥・兵頭に挟まれ、利根川はけっこう苦労していた。その「苦労あるある」と本編での利根川の姿とのギャップが面白かったのだが、基本的には「業務中の苦労」についてのコミックである。

なぜ『ハンチョウ』だけが20巻を超える大ヒットとなったのか

 しかし『ハンチョウ』は違う。このコミックでの大槻は1日外出券を使い、飲み食いしたり風呂に入ったり、はたまた同年代のおっさんと遊んだりしているだけである。地下でやっている物販の仕入れをする回などもあるが、地下物販は「やらないと死ぬ」という類のせっぱつまったものではなく、あくまで班長という立場に付随する特権でやっているだけのものであり、責任や人間関係といった厄介な要素がくっついていない。そもそも大槻のメイン収入源は地下チンチロであって、物販はほぼ道楽のようなものである。「しんどい要素がほとんどなく、ほぼ全編おっさんが遊んでいるだけ」という点は、『ハンチョウ』の読み味の軽さに確実につながっている。

 もうひとつには、大槻というキャラクターの特異さがあるだろう。前述のように、ギャンブルを題材とした福本作品ではとんでもない額の金が動く。なのでギャンブルに挑むのは負けたところで失うものが何もない一文なしか、国家予算規模の資産を持っているような底の抜けた金持ちばっかりである。

 しかし大槻は違う。そもそも、大槻自身が帝愛地下帝国に落ちてきた多重債務者である。賭博の規模も小さく、チンチロで他の労働者から巻き上げているのは地下でのみ通用している私的な貨幣のペリカであり、価値は日本円の1/10。多重債務者のおっさんがイカサマを駆使して日本円の1/10の価値しかない私的貨幣を稼いでいるというのが、地下での大槻班長なのである。博打のスケール感で言えば、福本作品の中でもかなりショボいと言っていい。

 だからだろうか、地下帝国編は全体的にみみっちく、その分我々読者にも刺さるものがあった。一日中重労働をこなし、乾き切った体に染みるようなビールのうまさ。レンチンで温めただけのスーパーの焼き鳥だからこその、舌に馴染みのある味わい。億単位の金をかけたギャンブルと違って、だいたい全部想像がつく。『ハンチョウ』でもこの方向性は維持され、大槻は決して庶民の想像の範疇を越える遊びには手を出さない。「あるな〜こういう店!」と思えるような場所にしか行かないし、面白さが理解できる庶民的な遊びしかやらないのである。大槻というキャラクターと地下帝国の環境から発生する独特のみみっちさは、『ハンチョウ』という作品に大きな影響を及ぼしている。

スパイスとして効く「ブラックな笑い」

 さらに、地下帝国編での大槻一味がチームで動いていたことも大きい。大槻のイカサマは一人では完結せず、脇の沼川と石和とグルになって動くのが前提だった。大槻はギャンブルにおいてはチームプレイヤーであり、当然ながらスピンオフでも沼川と石和も登場することになる。回を追うごとに「比較的常識人で、ツッコミ役の沼川」「捉えどころがなく、なんだか変な奴の石和」というキャラ付けが発生し、さらに現在では宮本をはじめとした黒服たちや他の多重債務者たちまで準レギュラーとして活躍している。『ハンチョウ』はタイトルになっているキャラクターだけで回らない、チームプレイを前提とした作品なのだ。

 この点は、長期連載となった現在でも有利に働いているポイントだと思う。話数ごとに「大槻のみが単独行動する回」「大槻・沼川・石和の3人で行動する回」「大槻と宮本が行動する回」「大槻と他の債務者が行動する回」「大槻・沼川・石和の3人が他のゲストキャラと行動する回」「大槻抜きで沼川と石和が行動する回」など様々なパターンを作ることができ、各話のストーリーに幅を作ることができるのだ。実際に単行本を通して読むと『ハンチョウ』は内容にかなりバラエティがあり、読み飽きない。この登場キャラクターの幅の広さも、他のスピンオフと比較したときの長所ではないだろうか。

 最後に付け加えておくと、「大槻は悪人である」というポイントもある。『ハンチョウ』での大槻はあまりにも楽しそうに毎回遊んでおり、さらには普通に善人っぽいムーブをすることもある。が、本編での大槻は地下労働者をイカサマでハメてペリカをむしりとる悪党であり、『ハンチョウ』でもこの悪党ぶりや性格の悪さがちょいちょい滲む回がある。「見た目も相まっていい人そうだが、実際には性格の悪いおっさんである」というブラックな笑いがワサビのようにピリッと効いている点も、『ハンチョウ』の魅力ではないか。

 こうして理由を並べてみると、『ハンチョウ』は勝つべくして勝った作品ではないかという気がしてくる。もちろんそれは先行作品として『トネガワ』が存在していたことが大きく、さらにいえば始まった当初は『ハンチョウ』がここまで伸びるとは関係者もあんまり思っていなかったんじゃないだろうか。いくつもの強みを備え、いまやスピンオフコミックのお手本のような作品となった『ハンチョウ』がいつまで続くのか、これからもダラダラと見守っていきたい所存である。

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