千街晶之のミステリ新旧対比書評 第16回:ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』×米澤穂信『黒牢城』

千街晶之のミステリ新旧対比書評 第16回

『薔薇の名前』は現代に通じる物語

ウンベルト・エーコ『薔薇の名前[完全版]上』(東京創元社)

 海外の歴史ミステリには、中世キリスト教の聖職者が探偵役として活躍するものがある。そうした歴史ミステリの背景として、しばしば描かれるのが宗教的な対立だ。キリスト教と異教(イスラム教やユダヤ教)に限らず、キリスト教内での教義対立も深刻な事態を引き起こす。その種の作例として、ミステリ史に残る傑作の地位を確立しているのが『薔薇の名前』である。

 ウンベルト・エーコはイタリアの記号学者で、評論や創作でも才能を発揮した。そんな彼の小説で最も広く知られているのが、1980年に刊行された第1作『薔薇の名前』である。1986年にジャン=ジャック・アノー監督、ショーン・コネリー主演により映画化され、日本では原作の邦訳が出るより先に公開された。邦訳は、イタリア文学者の河島英昭によるものが1990年に東京創元社から刊行された。2025年には、2018年に歿した河島英昭の訳文に息子の河島思朗がエーコ自身の本文改訂に従って手を入れ、エーコ自筆の素描なども収録した『薔薇の名前[完全版]』が、同じく東京創元社から刊行されている。

 舞台は中世の北イタリア。作品は、メルクのアドソという老修道士による手記の体裁を取っている。1327年、まだ見習修道士だった若きアドソは、師であるフランチェスコ会修道士、バスカヴィルのウィリアムに従って、山上にあるベネディクト会修道院を訪れた。ウィリアムの役目は、神聖ローマ帝国皇帝の密命により、緊張関係にあるフランチェスコ会と教皇庁の会談を手配することだった。ところが修道院では、新約聖書の『ヨハネの黙示録』に見立てたかのような怪死事件が次々と起こる。

 事件はほぼ修道院の中で進行するが、それと並行してキリスト教の諸会派が対立を繰り広げ(しかも皇帝のような世俗の権威も絡んでくる)、ウィリアムはそれに巻き込まれてゆく。中でも、連続殺人を修道院内の異端者の仕業だと言い立てるドミニコ会の異端審問官ベルナール・ギー(実在の人物)は、理性によって事態を鎮めようとするウィリアムにとって最大かつ最悪の敵だ。かくしてウィリアムは、真相を追究する探偵役として振る舞わざるを得なくなる。

 世界一の大国アメリカの上層部に原理的なキリスト教が入り込み、聖俗の壁が曖昧化した今、『薔薇の名前』で描かれる複雑極まる宗教と政治の力学を読むと、中世が現代に蘇ったかのようにも思えてしまう。大昔の異国のお話だと考えると縁遠く思えるかも知れないが、実は現代に通じる物語なのだ——恐らくは、執筆当時にエーコが考えた以上に。

『黒牢城』と『薔薇の名前』に通じるもの

米澤穂信『黒牢城』(角川文庫)

 日本のミステリで『薔薇の名前』の影響が顕著な作品といえば、二階堂黎人の『聖アウスラ修道院の惨劇』(講談社文庫)、京極夏彦の『鉄鼠の檻』(講談社文庫)、川添愛の『聖者のかけら』(新潮文庫)などが思い浮かぶ。それらと異なり、直接的な影響関係は明らかではないものの、私は映画化を機に米澤穂信の『黒牢城』を再読して、どこか『薔薇の名前』に通じるものを感じた。

 米澤穂信は『折れた竜骨』(創元推理文庫)という12世紀ヨーロッパを舞台にした歴史ミステリを発表したことはあるが、日本史を扱った作品は『黒牢城』が初めてである。『黒牢城』は2021年にKADOKAWAから刊行され、第166回直木賞、第22回本格ミステリ大賞(小説部門)、第12回山田風太郎賞をトリプル受賞した。更に、ミステリの年間ベストテン企画4種すべてで1位を制覇している。2026年には黒沢清監督によって映画化された。名実ともに米澤の代表作と言える小説で、現在は2024年刊の角川文庫版が入手しやすい。

 天正6年(1578年)11月、摂津の領主・荒木村重が突如として織田信長に反旗を翻した。彼を説得すべく有岡城を訪れた羽柴秀吉の使者・小寺(黒田)官兵衛は、村重によって地下牢に幽閉されてしまう。

 ここまでは一応、史実として知られている話である(NHK大河ドラマ『黄金の日日』『軍師官兵衛』『豊臣兄弟!』でもこのエピソードは描かれていた)。だがここから、物語は歴史ミステリへと変貌する。人質として捕らえられていた少年の殺害、討ち取った敵将の首が凶相に変じていた怪事、村重が密命を託した僧侶の変死など、城内では異常な出来事が相次ぎ、城外からは織田の軍勢が攻めてきて、人心は動揺する。もともと摂津出身ではないという地盤の弱さから家臣たちとのあいだに心理的距離がある村重は、自らが幽閉した官兵衛の知恵を借りようとする。

 事件現場を実際に見ることなく真相を推理する官兵衛は、ミステリ用語でいうところの安楽椅子探偵だが、牢内にいながらにして言葉で人を操るあたりは、トマス・ハリス『羊たちの沈黙』(新潮文庫)などに登場した獄中の天才殺人鬼ハンニバル・レクター博士を連想させるキャラクターでもある。

 有岡城で起こる事件からは宗教が見え隠れするが、典型的なのは第二章「花影手柄」だ。敵将の首が凶相に変じた怪事は、城内の人々を怯えさせ、不安拡大の芽となる。その首を取った可能性がある二つの勢力のうち、高山大慮(ダリヨ)が率いる高槻衆は南蛮宗(キリシタン)の信者、鈴木孫六を頭とする雑賀衆は一向宗の門徒だ。異変は神や仏を軽んじた天罰だという風説が流れれば、どちらかの勢力に責任が押しつけられる可能性があり、村重は苦悩する。また第三章「遠雷念仏」は、章題通り念仏が謎解きに関係している。

『薔薇の名前』が一つの修道院の中で進行する物語であったように、『黒牢城』も有岡城という一つの空間内で進行し、そこでは宗教的な対立が人々を疑心暗鬼に陥れる。しかも結末では、民の命が虫けら同然に簡単に奪われる乱世において、信仰に頼らざるを得ない人間の心理が掘り下げられる。やはりこの小説は、米澤穂信なりの『薔薇の名前』へのオマージュではないのか——そう思えてならない。

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