ライトノベル『汝、暗君を愛せよ』がビジネス書の棚に? 書店員が明かすジャンル横断の勝算と仕掛けの裏側


(著:本条謙太郎・イラスト:toi8/ドリコム)
“暗君”による国家運営の極意は会社経営に活かせるか? 「このライトノベルがすごい!2026」の単行本部門と新作部門で1位となった本条謙太郎『汝、暗君を愛せよ』(DREノベルス)の第3巻が4月10日に発売された。
書店のライトノベル売り場を賑わせている一方で、ビジネス書としてアピールして新しい読者を探ろうとする動きが、東京都内の2つの書店で行われている。紀伊國屋書店新宿本店とブックファースト新宿店だ。
来年が創業100周年という老舗中の老舗書店、紀伊國屋書店の新宿本店は今、2階が文芸書や文庫・新書、そしてライトノベルの売り場になっていて、3階には経済や経営、そして歴史や人文系の本が置かれている。その3階に、大ヒット中の自己啓発本と並んで『汝、暗君を愛せよ』が置かれている。

「文芸書とビジネス書がフロアでがっつりと別れている新宿本店では、ちょっと珍しい試みだと思います」と話すのは、紀伊國屋書店新宿本店でライトノベルを担当している石原つかささん。それが今回は、ビジネス書の平台という書店でもひのき舞台と言える場所に登場した。「出版社(ドリコム)の方から、ビジネス界の方が推しておられると聞いて、それなら試してみようとビジネス書の担当と話して置いてもらいました」
ビジネス界からの推しとは、LINEヤフー代表取締役会長の川邊健太郎氏とアル代表取締役のけんすう氏。川邊氏からは、「最強のマネジメントとは余計なことをしないこと」、けんすう氏からは、「まさにベンチャー社長がやっていることで、妙なリアリティ」といったコメントが『汝、暗君を愛せよ』の帯に寄せられ、書店で展開されているPOPなどにも掲載されて、経営者も注目のタイトルであることをアピールしている。
新宿でもう1店、こちらは話題の本を並べるレジ前のコーナーに最新の3巻を含めて展開し、看板も掲げたのがブックファースト新宿店。「ビジネスパーソンには良い本だと思いました」と語る南口真店長が、ライトノベルでありながらビジネス書としての効用がありそうな点を指摘。「主人公がただ強いとか能力が高いというだけでなく、人と話し動かしながら余計なことはしないところに、経営のノウハウなりリアリティを感じました」と、ビジネス書として読まれて不思議ではない点を挙げ、「ビジネス書のコーナーからレジに来るとちょうど目に入る場所に置かせていただきました」と、店内の導線・流入に期待を見せた。

ブックファースト新宿店では、以前にプロジェクトマネジメントに関する本を集めたフェアを実施した際に、プロジェクトマネジャーの選者がピックアップした樽見京一郎のライトノベル『オルクセン王国史~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~』やジャンプコミックス『ワールドトリガー』をいっしょに並べたことがあった。「その時も結構な反応があったので、今回のような試みもあって良いだろうと思いました」と南口店長。自分のビジネスに役立てたい、あるいは自分の成長に繋げたいといった熱意を持ったビジネスパーソンなら、たとえライトノベルで表紙がイラストでも必要としてくれるということだろう。

表紙がイラストでライトノベル風の本でも、ビジネスパーソンが手に取るとることがあるという点については、「『もしドラ』(『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』)のことが頭に浮かびました」と紀伊國屋書店新宿本店の石原さん。高校野球がテーマになった青春小説で、表紙も女子高生のイラストというライトノベル風の本だったが、チームマネジメントについてがっつり学べるハウツー本として評価され、ベストセラーになりTVアニメや映画にもなった。『汝、暗君を愛せよ』が今回、出版社のドリコム側で経営者からコメントをもらいビジネスパーソンへと展開しようとしていることもあるだけに、ビジネスパーソンが行き来する新宿で大勢の関心を惹いて、『もしドラ』のような社会現象になるかもしれない。
ブックファースト新宿店は新宿西口にあって東京都庁が近く、「職員の方も良く来られます」と南口店長。もはや国家とも言える東京都の行政に“暗君”ことグロワス十三世流の国家運営術が取り入れられたら、どのような展開になるのか興味津々だ。そうでなくても「新宿には大きな会社の本社も多くあって大勢の方が働いていらっしゃいます。そういった方々にも読んで欲しいです」と南口店長。「楽しみながら、仕事のコツとまではいかないですけど、何か得られるのではないかなと思います」と、『汝、暗君を愛せよ』をビジネスパーソンが読む意味を話してくれた。
紀伊國屋書店新宿本店は3階のビジネス書のコーナーに加え、2階の主に新刊書や文庫本の話題作を並べるコーナーでも大々的に展開して、ライトノベルを普段から読んでいる人とは違った層にも『汝、暗君を愛せよ』を紹介している。「これは私個人の考えですが、本屋さんに来る人たちには"ついで買い”をいっぱいして欲しいと思っています。本屋さんに来ること自体、それが目的なのかなとも思っています」と石原さん。ライトノベル売り場以外に置かれることは、そうした”ついで買い”を促すことに繋がる。

話題の自己啓発書を見に来たら表紙がイラストの面白そうな本が並んでいて、経営者が推薦文を書いていた。あるいはベストセラーの文庫が並んでいる間に何かのランキングで1位になった小説が置かれていた。興味が湧いたのでちょっと読んで見ようと思って手に取る人が出れば、いつものライトノベル読者とは違った層に本が届く。逆に『汝、暗君を愛せよ』を見知った人が、他のカテゴリーやジャンルの本に手を伸ばす可能性もある。こうしたシャッフルは、目的の本を探して購入するネット書店ではなかなか実装が難しい。リアル書店ならではの腕の見せ所でもありそうだ。
「ジャンル分けは流動的で、常に新しくしていかなくてはいけないと思っています」と、ブックファースト新宿店の南口店長も、リアル書店の持ち味を活かし、来店客の興味を誘うような並べ方なり店作りをしていきたい意向を見せていた。そうした中でも「ビジネス書は結構、どんなものでも取り込めるジャンルかなという気がしています。最近では『筋肉が全て 健康・不老・メンタル、人生のすべてが変わる唯一の方法』のように、筋トレや食生活の本がビジネス書として売れています」と南口店長。筋トレものがあるかどうかは別にして、前世の経済や経営、技術に関する知識を活かして成り上がっていく作品が多いライトノベルも、ビジネス方面で積極展開してみたら面白いかもしれない。

『汝、暗君を愛せよ』をライトノベルのカテゴリーとは違ったビジネス書として展開する試みは、実は何でもありのライトノベルを求める意外な読者層の発見につながるかもしれない。4月10日発売の『汝、暗君を愛せよ 3』は前の2冊でも繰り広げられた国家経営に関する議論がさらに深まり、それは悪政だったのか善政だったのかが長期的な視座も含む形で示唆される。世界が混迷する中で為政者の存在感が高まっている時だけに、国家であり世界というものを"経営”する上で何が必要かを探る本として、大いに読まれそうだ。
■書誌情報
『汝、暗君を愛せよ』
著者 :本条謙太郎
イラスト:toi8
価格 :1巻/1,540円 2-3巻/1,650円(税込)
出版社 :ドリコム

























