避難所で過去の不倫相手と再開したら……? 一晩を紡ぐ群像劇から歌舞伎ミステリーまで、注目のライト文芸新刊5選

避難所で過去の不倫相手と再開したら……?

 『少女小説を知るための100冊』や『少女小説とSF』などの著作で知られる書評家の嵯峨景子が、近作の中から今読むべき注目のライト文芸をピックアップしてご紹介する連載企画。今回は10代から厚い支持を受ける汐見夏衛の新作から『52ヘルツのクジラたち』町田そのこの新境地ファンタジーまで、5タイトルをセレクト。

汐見夏衛『あたしがわたしじゃなくなれば』(一迅社)

 『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』が大人気の作家・汐見夏衛。10代の心に寄り添う物語を生み出しつづけている作家の単行本最新作は、二人の少女の姿と葛藤を描く入れ替わり青春小説だ。

 中学二年生の陽羽里(ひばり)は、唯一の家族である母親から疎まれ学校でも孤立し、一人孤独な毎日を過ごしている。ある日、学校をさぼり病院のテラスで時間を潰していた陽羽里は、偶然見かけた入院中の少女が家族や友人と仲睦まじく過ごしている様子を羨ましい思いで眺めていた。ところがその少女・恵美羽(えみう)は、幼い頃から入退院を繰り返している己の状況と脆弱な肉体に絶望し、健やかな陽羽里を羨望の眼差しで見つめていたのである。自分にはないものに恵まれた相手に嫉妬していた陽羽里と恵美羽は、ぶつかった瞬間に互いの心と身体が入れ替わってしまう。陽羽里は渇望していた家族の愛情を、そして恵美羽は憧れていた自由を手に入れて、新たな人生を歩み出すのだが……。

 入れ替わり直後の二人は浮かれ、戸惑いながらも楽しい日々を過ごすが、徐々にそれぞれが抱える苦しさを知り、悩みや迷いが生まれていく。繊細な筆致で綴られる二人の心の揺れと葛藤の中でも、とりわけ印象的なのが陽羽里の卑屈で痛々しい感情だ。だからこそ最後の彼女の変化と行動は、大きなカタルシスをもたらす。二人の間に育まれた絆、そして絶望の中で掴んだ希望は、読者の心にも一歩前に踏み出す勇気をもたらすだろう。

愁堂れな『相棒は犬3 転生探偵マカロンの事件簿』(集英社オレンジ文庫)

 人気の高いバディ小説の中でも、個人的に注目しているシリーズ『相棒と犬』。本作は元刑事の探偵と殉職して犬に転生してしまった親友がコンビを組む、ふわもこバディミステリー(ヤクザの飼い主つき)だ。

 親友で同僚だった三上祐二の殉職をきっかけに、甲斐貴巳は警察を辞めて叔父の探偵事務所でうだつの上がらない日々をおくっている。ある日、事務所にキュートなトイプードルが現れ、自分は2年前に死んだ三上だと喋り出した。三上の飼い主は、暴力団龍鬼組の若頭・若林龍一。若林は三上にマカロンと名前をつけ、赤ちゃん言葉で話しかけるなど日々重すぎる愛を注いでいるのである。甲斐はマカロンの言葉を唯一理解できる人物として、思わぬかたちでヤクザと関わることに。そして探偵事務所の看板犬になった三上とともに、さまざまな事件を解決していくのであった。

 マカロンの前では人格が豹変する若林と、彼の溺愛にうんざりしている三上、そしてマカロンの「通訳」として日々二人の板挟みになる甲斐。ヤクザとトイプードルと探偵という異色の組み合わせと、彼らが織りなす爆笑もののやり取りは本作の何よりの魅力である。シリーズ第3弾では若林の婚約者を自称する龍鬼組組長の娘・九条蘭子が登場し、甲斐に若林の浮気調査を依頼する。一回り以上年の離れたゴスロリ娘との縁談を穏便に断りたい若林と、蘭子に挟まれてしまった甲斐と三上、そして新キャラである人語を喋るドーベルマンなどなど、波乱と笑いが詰まった一冊だ。

一木けい『嵐の中で踊れ』(NHK出版)

 台風が接近中のとある街で、避難のため近所の中学校の体育館に集った人々の姿とその一夜を描いた群像劇。――と本作のあらすじを説明すると。とてもシンプルに聞こえるだろう。だがこの小さな空間で起こる人間ドラマは、どこまでも濃密かつスリリングだ。逃げ場のない避難所で起こってしまう、一番会いたくない人との気まずい再会。中学生から大人まで、さまざまな年齢や属性の人たちの黒歴史ともつれあった感情が、容赦なく暴かれていくのである。

 夫婦関係に埋めがたい溝を抱えた主婦の詩伊は、15歳年下の山内と不倫をしていた過去がある。山内はモテ男だが、今でも彼女のことが忘れられない。真面目な銀行員で家庭もちの日出樹は、「商店街クラッシャー」の異名を持つ奔放な海果子と一夜の過ちを犯してしまう。高校生の巌は同級生の虹に片思いしているが、彼女は巌の幼馴染のイケメンと付き合っている。巌の妹の小梅は容姿コンプレックスを抱えているため、人前でマスクを外すことができない。そんな小梅が心酔し、心の支えにしているのが音楽系ユーチューバーの夜嵐一陣で……。

 複雑な人間関係の中から浮かび上がるのは、後悔や怒り、混乱や苛立ちなどのネガティブな感情である。みっともない人間の姿をこれでもかと突き付けてくるが、読後感は不思議と晴れやかだ。「無様な思い出も、時が経てば宝になることもある」。消えることのない自らの足跡を背負いながらも生きようともがく人々の姿が尊く愛おしい、一晩の物語である。

町田そのこ『ハヤディール戀記』上・下(PHP文庫)

 『52ヘルツのクジラたち』で本屋大賞を受賞した町田そのこが手掛ける、新境地ファンタジー。

 ウェトナ大陸の西端に位置する王国ハヤディール。この国で敬愛されるフローラ妃は、四百年前の建国に手を貸した大神ぺリウスに見初められ、愛する夫と別れて神に嫁いだという伝説をもつ。以後ハヤディールは、神に愛された妃に加護された国として繁栄を続けてきたのだった。

 神殿に仕える巫女のエスタは、信託によって新しい神妃に選ばれ、フローラ妃の再来だと騒がれている。だが彼女には、国家騎士団の団長・レルファンという密かに通じ合う恋人がいた。レルファンは国も神も捨てて一緒に逃げようと誘うものの、さまざまなしがらみからエスタはその手を取ることができない。ある日、エスタは何者かに誘拐され、おまけに王宮では第一王女の毒殺事件が起きる。レルファンは従者のリルとともに、攫われたエスタの奪還を目指して調査を進める中で、創世神話の裏に秘められた真実を知ることになるのであった。

 物語は現在の時間軸と、レルファンとエスタの出会いを描いた過去を交差させながら進む。巫女と騎士の禁断の恋や、神殿の奥で行われている秘儀の真相、国王や二人の王妃が絡む王宮陰謀譚は波乱万丈で、上下巻のボリュームを一気読みしてしまうだろう。レルファンを慕うリルの思いがなんとも切なく、エスタを交えた三角関係も楽しめる。許されぬ恋の行方と揺れ動くハヤディールの結末をぜひ見届けてほしい。


泉ゆたか『本日初日 歌舞伎楽屋裏ばなし』(徳間文庫)

 『国宝』の大ヒットで注目度が急上昇中の歌舞伎を題材にした、ヒューマンドラマ×ミステリー。

 芸者上がりの母のもとで育った少女・希和は、江戸の町で評判の女形、岩井半四郎の付き人として河原崎座で奉公をはじめた。女人禁制の芝居小屋では、さまざまな役者や裏方たちが働いており、希和は気難しい半四郎を相手に奮闘を続けていく。ある日、希和は座長から、姿を消した若手役者の藤助を千穐楽までに探し出して連れ戻すよう命じられた。藤助は端役しかもらえない役者だが実家が裕福な呉服屋で、河原崎座はたくさんの恩恵を受けてきたという。藤助の失踪を調べるなかで、希和は芝居の世界の暗部に踏み込んでいくことになるのだが――。

 芝居の裏方として働く少女の視点を通じて、華やかな歌舞伎の光と影をあぶり出す本作。ミステリー仕立ての物語はリーダビリティが高く、芝居小屋で起こるさまざまな事件を希和が鮮やかに解き明かす姿は痛快だ。こうした間口の広さがある一方で、物語では役者が抱える業にも踏み込み、人間の冷酷でおぞましい一面も暴いていく。人の世の美しさと汚さが入り交じった芝居小屋を余すところなく描いた物語は、深い余韻を残す。ミステリーファンのみならず、芝居を愛する人にもぜひ読んでほしい作品である。

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