北村匠海主演で映画化『愚か者の身分』なぜ半グレと戸籍ビジネスをテーマに? 原作者・西尾潤に聞く“社会の闇”を描いた理由

映画化が話題『愚か者の身分』西尾潤に聞く

 北村匠海主演で映画化が決定し、大きな話題を呼んでいる書籍が『愚か者の身分』(徳間書店)だ。作者はヘアメイク・スタイリストとしても活躍する異色の作家・西尾潤氏である。2018年に第2回大藪春彦新人賞を受賞し、その翌年に受賞作を含む本作でデビューした。半グレによる戸籍ビジネスという現代的な犯罪を題材にしながら、若き青年たちの「愚かさ」を鮮烈に描き出した内容は発売当初から評価の高い作品であった。なぜ、そうした犯罪や社会の闇を描くのか。小説家を志した経緯や本作の着想、映像化作品を見た今の思いとは。西尾氏に話を聞いた。

映画『愚か者の身分』
北村匠海主演で映画化が決定し話題を呼んでいる『愚か者の身分』。10月24日から全国公開される。©2025映画「愚か者の身分」製作委員会

■女性が読めるハードボイルドを書きたい

ーー西尾さんはヘアメイクやスタイリストとしても映画やテレビなどの作品に関わっていらっしゃいますね。そもそも小説家になろうと思ったのはどうしてですか。

西尾:私はミステリー小説が好きで、いつかは小説を書きたいと小説教室に通っていたのです。そこで小説の書き方を学びながら作品の執筆をしていました。ただ仕事をしながらだったので、そこまで熱心に応募はしていなかったんです。そんな中、大藪春彦新人賞が創設されたことを、小説教室の先生が教えてくれました。「皆さん、ぜひ狙いたいですね」と言っていて、私もぜひ狙いたいなと思いました。

ーーそこで『愚か者の身分』が第二回大藪春彦新人賞を受賞されたのですね。

西尾:大藪春彦はハードボイルドの作家ですが、実はそれまであまりそうした作品を読んだことがありませんでした。だから賞に応募する前に読んでみると、大藪作品は、物語がゆっくり進まずに、どんどん転がっていくような印象を持ったんですね。それはとても面白いと思ったのですが、そこで描かれているのは、男たちの世界。ちょっと女性には読みづらいように感じたのです。だから「女性が読めるハードボイルド」を書こうと思ったのが『愚か者の身分』の着想の一つでした。

ーーそういう狙いだったのですね。

西尾:『愚か者の身分』を書こうと思って最初に出てきたキャラクターは、男性ではなく女性の希沙良(役:山下美月)です。彼女が渋谷で美人局のようなことをするアイデアが浮かびました。それが終わったら、どうするのだろう、仕事をもらっている人に会いにいくだろうか、お金は現金でもらうだろうか、などと考えているうちに、タクヤ(役:北村匠海)という存在が生まれました。

 実は、希沙良ちゃんを描いた作品「ビッチ」を第一回目に応募しているんです。一次は通過したのですが、最終には残らなかった。その話の最後には、タクヤがマモルから連絡がないから「会いにいく」というセリフを書いていました。その一言をきっかけに、同じ世界観で書き進めていったのが、この『愚か者の身分』です。

映画化決定前から話題となっていた西尾潤氏のデビュー小説『愚か者の身分』の文庫版(徳間書店)

■生きることでしか、社会に抵抗できない

ーー本作『愚か者の身分』では、戸籍ビジネスを行う半グレたちを描いています。なぜこのようなテーマにしましたか。

西尾:元々、犯罪・クライムものには興味がありました。ミステリー小説や、犯罪を扱ったノンフィクションやドキュメンタリーが好きだったんです。なぜ、世の人々は、犯罪に手を染めるのだろうとずっと思っていました。劣悪な環境で生まれ育ったわけでもないのに、普通の人々だって犯罪の加害者になってしまうことがある。なぜその一線を超えてしまうのだろうということに、関心がありました。

 その中で気になる存在だったのが「半グレ」です。半グレは、ヤクザや任侠の世界ともまた違うんですね。昔の暴走族のように、いわゆる学校の「クラブ活動」のような関係性から、犯罪との接点が生じていく。その過程を見ていると、やるせない気持ちになります。学校や会社でのいじめ同様、自然発生するものなのかとも考えました。日本だけでなく、メキシコの麻薬組織や犯罪組織でも同様に、そのような“兄弟”的な交わりから犯罪組織へと誘われるケースが多いんです。

ーー戸籍ビジネスに着目された理由も教えてください。

西尾:「なりすまし」や「入れ替わり」の物語に昔から興味があったので、そこから戸籍=身分の話に繋がりました。人は生まれる場所も親も選べません。身分は生まれながらすべての人が何らかのものを背負っていて、その不公平と不条理があると思っていました。でも戸籍ビジネスは、それを「売り買い」することができます。人が運命に逆らうような行為が、違法ながらも面白いと思ったし、どこか揶揄するような気持ちもありました。

ーー「愚か者」という言葉に込めた思いとは。

西尾:登場する人物の一人ひとりは、とてもいい子達なんですが、心はそんなに強くないんです。そして調子に乗ってしまうタイプ。北村匠海さんがおっしゃっていた意訳なのですが「生きることでしか、社会に抵抗できない」。不器用だけど純粋で本当は愛されるべき子たちが『愚か者』なのだと思います。

■永田琴監督から掛けられた言葉

ーー映画化が決まった時のご感想を教えてください。

西尾:本当に嬉しかったです。自分の物語が映画になるのは夢でした。実は永田琴監督とは知り合いだったんです。昔、永田さんが監督をされた「ドラマ『空にいちばん近い幸せ』という作品で、私はヘアメイクとスタイリストを担当していたのです。

西尾潤氏の2作目の小説『マルチの子』(徳間書店)

 ある時、永田さんから私が書いた小説『マルチの子』を読んだと連絡をくださって、映像化についても話を聞いてくれました。当時、その作品は映像化の話もすでに出ていて。結局、実現しなかったんですが。そこでデビュー作の『愚か者の身分』は自分ですごく気に入っていて「新宿舞台にウォン・カーワイみたいな映画になるのが夢」と話していたら、すぐに単行本を読んでくれたのです。ちょうど若者の貧窮や犯罪などの社会問題に関心の高かった永田さんは「この作品は画が浮かぶし、映像化しやすい」と言ってくれて、実際に映画化へとさまざまに動き出してくれました。

ーー映画を見てのご感想は。

西尾:最初に見た時は緊張でどうにかなりそうでしたが、すべての場面に感激していました。それは映画の内容というより、自分の書いた物語が映画になったという感動でした。テーマ音楽からスタッフロールまで、130分のすべてに感動していました。2回目でようやく内容が入ってきて、ずっと泣いていました(笑)。演じてくださる皆さんの動きや台詞、全部が心に染み入るような気持ちになったからです。

 映画で特に印象に残ったのは、トレーラーにも使われている、アジの煮付けを食べた時に、タクヤがマモル(役:林裕太)を触った時にバッと避けるシーンです。あの一瞬だけで、彼が虐待などで暴力を振るわれた経験があることがわかる描写となっている。映像の力とはこういうことなのだなと思いました。小説では一瞬では表せませんから。

■小説版ならではの面白さとは

ーー主演の北村匠海さんの演技を見ていかがでしたか。

西尾:本当にタクヤそのものでした。作者である私の中では、マモルよりタクヤの方が断然「調子乗り」な大人なんです。でも、長兄としての責任感と優しさが彼を包んでいて。それが北村匠海さん演じるタクヤ、そのものにあふれ出ている気がしました。演技がうまいというのではなく、もう本当に生きている人そのものだと思ったんです。それが北村匠海さんという役者のすごさだと思います。もちろん綾野剛さんが演じた梶谷剣士も、林裕太さんのマモルも最高でした。

ーー映画化をきっかけに、原作小説が多くの人に広がって読まれていくと思います。それぞれの魅力を教えてください。

西尾:原作は映画より登場人物も多く、物語がもう少し複雑に構成されています。その辺りは感じ方や選択肢が広がり、映画と違った面白さがあるかもしれません。映画は、何より原作からもっと広い世界に飛び出した作品です。監督、プロデューサー、脚本家、音楽家、役者、エキストラ、映画の技術スタッフとそれを支えてくださる広報や宣伝の方々、また、名も出ていないこの映画に関わった、すべての人の力で作り上げられました。それぞれのポジションの、それぞれの思いが加味されています。それが今、ようやくみなさんの前に披露されます。是非、楽しんで観てほしいです。

ーー最後に読者と観客に向けて、一言メッセージをいただけますか。

西尾:ひとことで言うならば「愛すべき愚か者たちの選択を、どうか見届けてください」ということですね。

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