「2025年ライト文芸BEST5」書評家・嵯峨景子編 「薬屋」から在日韓国人の女子高生の物語まで、さまざまな女性が登場

「2025年ライト文芸BEST5」嵯峨景子編

 今年もさまざまなライト文芸作品に出合い、楽しい一年を過ごすことができた。その中でも特に自分の琴線にふれた5作を紹介したい。

2025年ライト文芸BEST5(嵯峨景子)

『薬屋のひとりごと16』(日向夏/ヒーロー文庫)
『魔法律学校の麗人執事』(新川帆立/幻冬舎)
『銀の海 金の大地』(氷室冴子/集英社オレンジ文庫)
『紅茶とマドレーヌ』(野村美月/ハルキ文庫)
『コメディ映画で泣くきみと』(吉川トリコ/ポプラ文庫)

日向夏『薬屋のひとりごと16』(ヒーロー文庫)


 2025年に最も勢いのあったシリーズといえば、『薬屋のひとりごと』が真っ先に挙がるだろう。コミカライズやTVアニメなどのメディアミックスも秀逸だが、その根幹にあるのはやはり、ライト文芸の魅力が詰まった原作小説の素晴らしさ。最新刊でも勢いは衰えず、幾度も唸らされた。16巻では感染力と高い致死率で恐れられている疱瘡という流行病の騒動を中心に、皇太后の病弱な姪をめぐる事件や、翡翠から導き出された真実など、日常の小さな謎も絡んで展開する。宮廷医局で働く猫猫(マオマオ)は、疱瘡に詳しい民間の医者で、顔の半分が疱瘡の痕に覆われた美青年・克用(コクヨウ)と協力しながら感染源を探っていくのだが……。6巻で初登場した克用にスポットライトが当たる本巻では、彼の過去が掘り下げられていく。国を揺るがす危機的な状況の中で、猫猫がたどり着く結末がもやもやを残すからこそ、最後の壬氏とのじゃれ合いが心に沁みた。

新川帆立『魔法律学校の麗人執事』(幻冬舎)

 2025年に始まったシリーズの中で、個人的に一番ハマった作品。魔法律学校を舞台にしたこの学園ファンタジーには、男装をして執事として働くヒロイン・椿、魔法の天才で傲岸不遜なヒーロー・マリス、マリスを含むクセつよなエリートイケメンが集う御曹司集団「五摂家」、女であることを隠した椿がマリスと営む寮での共同生活などなど、乙女要素がてんこ盛り。華やかな設定と逆ハーレム展開が楽しめる一方で、ストーリーには新川らしい法律要素や謎解き、そして社会派な視点も織り込まれている。魔力はゼロだが頭がよくフィジカルも飛びぬけている椿が、持ち前の能力と観察眼をフル動員して魔法エリート集団と真正面から渡り合う姿は痛快だ。新川の現代ものでは味わえない魔法やバトルシーン、そして彼女の小説に通底する女性をエンパワーする要素も堪能した。現時点での最新刊は3巻で、今後の展開にも期待したい。

氷室冴子『銀の海 金の大地』(集英社オレンジ文庫)

 氷室冴子が1990年代にコバルト文庫で手掛けた、古代4世紀を舞台にした歴史ファンタジー小説。刊行時のリアルタイム読者だったが、令和のいま復刊された物語を読み直しても感動は色あせることはなく、圧巻のストーリーと魅力的なキャラクターに心を揺さぶられる。物語は『古事記』を下敷きにしており、淡海の息長族の邑で暮らす14歳の少女真秀に襲いかかる過酷な試練の数々や、真秀を「滅びの子」だと憎む佐保の王子・佐保彦との運命の恋、さらには大和の豪族たちの政治的野心を交差させながら進む。少年少女の姿だけでなく、大人世代の愛と憎しみにまで切り込んだ、壮大かつ骨太な歴史大河小説である。シリーズは全11冊だが、まずは6巻まで読んでほしい。

野村美月『紅茶とマドレーヌ』(ハルキ文庫)

 食べ物をモチーフにした物語は、ライト文芸鉄板の人気ジャンルである。その中でもとりわけ心に響いたのが、バーネットの『小公女』を下敷きに、輝かしい青春の日々を通り過ぎた元少女たちの姿を描いた本作だ。目白の名門女子校でダイヤモンドプリンセスと呼ばれた主人公の姫乃は、41歳にして突如没落した。夫も住まいもすべてを失った姫乃は、不思議な縁に導かれて英国式ティールームを始めることになるが……。困難な状況の中でこそ輝く姫乃の芯の強さが頼もしく、女子校時代の仲間たちとの友情や絆にも心が躍る。高校時代の思い出の味であるレモンピール入りのマドレーヌをはじめ、美味しそうなスイーツの数々も作中に登場する。人生経験を重ねた大人のための、甘やかで幸せな少女小説だ。

吉川トリコ『コメディ映画で泣くきみと』(ポプラ文庫)

 本を通じて自分ではない誰かの人生を追体験するのは、読書の楽しみの一つである。連作短編集はそんな私の好みを満たしてくれるフォーマットで、2025年に読んだ中でもとりわけ心に刺さったのが本作だった。冒頭を飾る「ママはダンシング・クイーン」は、突如チアリーダーになると家族に宣言し、仲間を集めてチアダンスを始めた主婦の物語。続く「私の名前はキム・スンエ」では、16歳になる直前に在日韓国人だと出自を知らされた姉妹の姉側の姿が描かれる。他にもゲイの高校生や、学校でプロムを開催しようと活動を始めた女子高校生など、ままならない日々や感情を綴る筆致は、軽快な心地よさと社会に対する真摯なまなざしを兼ね備える。心にエネルギーをチャージしたい人や、人生に迷っている人に手に取ってほしい一冊だ。

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