今村翔吾に聞く、『イクサガミ』で“明治時代のデスゲーム”を描いた理由 「荒唐無稽が許される最後の時代だった」

今村翔吾が語る、『イクサガミ』誕生の背景

 歴史小説・時代小説家の今村翔吾による『イクサガミ』シリーズが、Netflixシリーズとして映像化され、2025年11月13日より配信される。

 『イクサガミ』シリーズは、明治時代を舞台に繰り広げられるデスゲーム「蠱毒」を描いた異色の時代小説で、これまで『イクサガミ 天』『イクサガミ 地』『イクサガミ 人』『イクサガミ 神』(すべて講談社文庫)の四巻が刊行されている。Netflixシリーズでは藤井道人が監督を務め、岡田准一をはじめとした豪華俳優陣が出演することでも大きな注目を集めている。

 今村翔吾の新たな代表作として、世界的なヒットも期待される本作について、改めてその創作背景を聞いた。

「時代小説」や「時代劇」は大衆エンタメだった

『イクサガミ 天』

――まずは『イクサガミ』完結、おめでとうございます。

今村翔吾(以下、今村):ありがとうございます。途中までは正直、怖かったですね。「天」「地」「人」と続いて、「神」への期待がどんどん高まっているのを感じて。最後さえ外さなければ大丈夫と思いつつ、ミスったらどうしようとビビりながら書いていました。

――実際、見事な終わり方でしたし、全巻重版と好調な売れ行きですね。

今村:そうですね。僕の作品の中では一番部数の大きいシリーズになったと思います。反響も大きく、「良かったよ」と言ってもらえることが多くて、ホッとしました。

――このシリーズを書き始めたのは、『塞王の楯』で直木賞を受賞する前ですよね?

今村:はい、少し前です。きっかけは「講談社文庫50周年」でした。「何か書きませんか?」と声をかけてもらって。以前から、思いきりエンタメに振った作品を書いてみたいと思っていたので、この機会に挑戦してみたんです。ただ、最初はシリーズ化するつもりはありませんでした。すでに『羽州ぼろ鳶組』や『くらまし屋稼業』などシリーズものがあったので、もう新しいシリーズはいいかなと(笑)。だから、当初は3巻くらいの完結を想定していました(最終的には4巻になりましたが)。僕にとってはひとつの巨大な長編物語というイメージです。

――「エンターテインメントに振ったもの」とおっしゃいましたが、発想の原点はどこにあったのでしょう?

今村:やはり山田風太郎的な世界観ですね。『イクサガミ』も荒唐無稽な部分がありますが、平成以降の「時代小説」では、そうした要素を敬遠する風潮が強まったように感じていました。

――フィクションでも、リアリズムが求められるようになった?

今村:そう。僕が読んでいた頃は、山田風太郎のような荒唐無稽さも含めてみんな楽しんでいたんです。「時代小説」や「時代劇」は、子どもからお年寄りまで楽しめる大衆エンタメだったはず。それが平成以降、「リアルじゃないと許されない」みたいな空気になっていった。岡田准一さんも映像の世界で同じことを話していましたね。僕はむしろ、あの時代の“みんなが熱狂できる”原点に戻したいと思ったんです。

――『イクサガミ』といえば「蟲毒(こどく)」ですが、この“デスゲーム”的要素はどこから?

今村:デスゲームというより、山田風太郎の『甲賀忍法帖』のような能力バトルをやりたかったんです。それを数百人規模でやったら面白いんじゃないかと(笑)。同時に、「武士の時代の終わり」というテーマも描きたくて、その二つを掛け合わせたらどうなるかを考えました。

――一方で、時代小説らしい風景描写も印象的でした。

今村:僕は「時代小説」の魅力は風景や場所の移り変わりにあると思っています。だから、影響を受けたのは『バトル・ロワイアル』よりも、むしろ荒木飛呂彦さんの『ジョジョの奇妙な冒険 第7部 スティール・ボール・ラン』です。登場人物が移動しながら物語が進むあの構成がすごく面白くて。京都の天龍寺でずっと戦っているだけでは面白くないなと。

――たしかに、それだと「天下一武道会」みたいになりますね。

今村:そうそう(笑)。もちろん、そういう作品も大好きですが、『イクサガミ』では“旅”をひとつのキーワードにしました。京都から東京へ向かう「蟲毒」という旅の中で、登場人物たちが変化していく。とくに「双葉」という少女の存在が大きい。彼女がいない場合の「蟲毒」と、いる場合の物語を並行して考えながら、彼女がどんな影響を与えるかを楽しんで書いていました。双葉が関わることで周囲も、彼女自身も変わっていく――そういう物語にしたいと思っていました。

「武士の時代の終わり」というテーマも

『イクサガミ 地』

――それにしても、「蟲毒」の参加者の数が膨大ですよね。点数システムなど、これまでとは違う頭の使い方だったのでは?

今村:めっちゃきつかったです(笑)。正直、「やっちゃったな」と思いました。僕は基本的に、プロットをがっちり作らず、その場その場で考えながら書いていくタイプなんです。だから、最初のほうで川に落ちてるやつが出てきたときも、書きながら「あ、木札って紛失することもあるんや」と初めて気づいた。

――カウントされない「木札」、まさに無効票ですね(笑)。

今村:だから僕自身、「蟲毒」の運営者みたいな気分で、ルールを詰めながら書いていました。後付けにならないよう、かなり慎重に。

――その緻密な設定の上に、「京八流」という秘剣の伝承が絡む展開も印象的でした。

今村:ありがとうございます。やっぱり一本のストーリーだけでは足りないと思ったんですよね。3、4冊分の長さをもたせるには、単層構造では飽きられてしまう。だから三重構造にしました。1つ目の層が「デスゲーム」としての「蟲毒」。2つ目が「京八流」。そして3つ目が、明治政府の内部で起こる駅逓局と警察の抗争。この三つを絡めることで、物語があちこちに広がって、飽きずに読めると思ったんです。そこは最初から意識していました。

――舞台が明治10年(1878年)、西南戦争の翌年というのも興味深いです。

今村:あの時代、駅逓局員――今の郵便局員ですね――は拳銃の所持が許されていて、警察官は持っていなかった。意外と知られてないと思います。だから、文明開化の時代ならではの要素、電話・汽車・ガス灯などの“文明の利器”も全部登場させました。ただ、「京八流」の能力はどれだけチート級でも、銃には勝てないというバランスにはこだわりました。

――その部分が、「武士の時代の終わり」というテーマにもつながっていくわけですね。

今村:そう。どんな特殊能力を持っていても、銃には勝てない。つまり、時代の波には逆らえないんです。近代以降の武器の発展は、漫画的な能力すら超えてくるほど恐ろしい――それを描きたかったんです。

――「蟲毒」は荒唐無稽な設定ですが、この時代だからこそ“あり得たかもしれない”と思えました。

今村:まさに。荒唐無稽が許される最後の時代だったと思うんです。時代劇的フィクションがまだギリギリ通用した、最後の一年。その年を舞台にできたのは本当に良かったですね。大久保利通の暗殺や川路利良の渡航など、史実も多く盛り込んでいます。そうした「歴史小説」的要素をどうエンタメに融合させるか――そこが腕の見せどころでした。

映像化は「まさに、望んでいた通り」

『イクサガミ 人』

――映像化も、当初から意識していたそうですね。

今村:めちゃくちゃ意識してました。最初から決まってたわけではないけど、「これは絶対に面白くなる」という確信はあったし、実写にしたら絶対に盛り上がると思ってました。ただ同時に、「これを実写でできる役者、いるんかな?」とも(笑)。担当編集に冗談半分で「これをやるならNetflixと岡田准一さんしか無理」と言ってたんです。それが「天」を書いていた頃かな。そしたら本当にNetflix×岡田さんで決まって。まさに、望んでいた通りでした。

――その話が決まったのは、いつ頃ですか?

今村:「地」を出す直前ぐらいですね。2022年の年末。講談社の方が「お話があります」とわざわざ家まで来てくれて、「映像化が決まりました!」って。思わず「うわ、ホンマにNetflixで岡田准一さんやん!」って叫びました(笑)。

――完結前に映像化が決まるのは珍しいですよね。漫画ならともかく、小説――特に「時代小説」ではほとんど聞かない話です。

今村:そうなんですよ。でも、それが一番うれしかった。つまり、それだけ僕を信用してくれたということじゃないですか。「これは絶対に駄作にはならない」と確信してくれた。嬉しい反面、ものすごいプレッシャーでもありました。小説がコケたら映像化にも影響する――そう思うと、絶対に失敗できない。気合いは入りましたが、その反動で一時期まったく書けなくなった時期もありました。

――映像化を前提に書くと、物語の作り方にも影響が出るものですか?

今村:出ますね。どこまで原作に忠実に映像化されるかは別として、「これは映像じゃ再現できないだろう」と思いながら書く場面もありました。でも途中で吹っ切れて、「もう好きにやったれ!」って。映像化できるものならやってくれ、くらいの気持ちになって。「人」あたりから完全に解放されて、発想も自由になりました。原点に戻った感覚でしたね。

――そして無事に完結し、Netflixでの映像化発表もあり、注目度も大きく高まりました。今、率直にどんな気持ちですか?

今村:うーん、「してやったり」と言うと言い過ぎかもしれませんが(笑)、望んでいた形になったなと感じています。僕が望んでいたのは“売れること”じゃなくて、“若い人たちに読んでもらうこと”。実際、『イクサガミ』のサイン会では、普段より参加者の年齢層が20歳くらい若いんです。小中高生、大学生、20代の女性まで来てくれて。「時代小説」を読む若い世代がこんなにいるって、ちょっと感動ですよね。

――たしかに、最近ではあまり見られない光景です。

今村:それこそ、僕が目指していた光景です。だから今回は、歴史小説を読み慣れていない人にも分かりやすいように工夫しました。難しい部分はあえて丁寧に解説を入れたり、登場人物には“異名”や特徴をつけたり。普段歴史ものを読まない人でも、すっと入っていけるように意識しました。結果的に、歴史に馴染みのない人にも楽しんでもらえる内容になったと思います。

『イクサガミ』スピンオフも

『イクサガミ 神』

――エンタメ時代小説としての手応えも感じたのでは?

今村:感じましたね。これからも「歴史小説」は書き続けますが、『イクサガミ』のような“ザ・エンタメ”な時代小説も続けていきたいと思っています。もう次の構想もできています。

――気になるのですが、『イクサガミ』の世界はこれで一区切り?

今村:うーん……この記事が出る頃には発表されていると思うんですが、実は今、『イクサガミ』のスピンオフを書いてるんです(笑)。

――おお、それは誰の物語ですか?

今村:主要キャラの中で、過去をあまり描いていない人物が2人いて。ひとりは主人公の「愁二郎」。山を下りて京都に行き、郵便局員になって、女医の妻がいる――そこまでは描きましたが、どこで誰と出会ったのかは書いていない。そこを外伝として描こうと思ってます。もうひとりが「貫地谷無骨」。彼の過去は一度も描いていないので、そこを書いています。「光と影」みたいな感じで、「愁二郎」は天龍寺に行くまでの話、「無骨」は本編の一年前の話です。

――「宗太……やはり止まれねえな」って無骨がつぶやくシーン、ありましたね。

今村:そう、それです(笑)。あれが伏線なんですよ。いま、そのクライマックスを書いているところです。予定通り進めば、もうすぐ発表されると思います(外伝『イクサガミ 無』は10月22日発売の『小説現代』に一挙掲載予定)。「無骨」はすごく人気があったんですよね。あんなにムカつくのに(笑)。汽車での戦いのシーンも好評で、ある意味ダークヒーロー的な魅力がある。だから彼の一年前を描いて、その後に「愁二郎」の外伝を書いて、一旦『イクサガミ』の世界は締めようと思っています。

――では最後に、『イクサガミ』で「時代小説」の面白さを知った読者へメッセージを。

今村:そうですね。面白い時代小説って、実は今がいちばん多いと思います。令和のいまが最強なんじゃないかな(笑)。その中でも『イクサガミ』は、僕が自信を持って“これぞエンタメ時代小説”と言える作品です。そう、先日Netflix版を観させてもらったんですが――お世辞抜きで、すごかった。

――おお……それは楽しみです。

今村:僕、Netflixヘビーユーザーなんですけど、世界中の作品を見渡しても、こんなの観たことないレベルでした。きっと世界中の人が楽しめると思います。

――やっぱりアクションがすごい?

今村:すごかったです。ひとつひとつのアクションがちゃんと違って、全然飽きない。カメラワークも素晴らしくて、自分が物語の中に入り込んだような感覚がありました。特にお気に入りは「カムイコチャ」のシーン。

――染谷将太さんが演じているんですよね?

今村:そう。「カムイコチャ」は剣じゃないアクションなので、どう表現するんだろうと思っていたけど、完璧でした。僕の脳内イメージそのままで、観ながら興奮しましたね(笑)。あれを観たら、みんな「カムイコチャ」を応援したくなると思います。ぜひ楽しみにしていてください。




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