SixTONES・松村北斗が表現した葛藤とは? 『秒速5センチメートル』アニメ・実写版ノベライズを読み比べる

新海誠監督のアニメ映画『秒速5センチメートル』(2007年)を原作に、映画『アット・ザ・ベンチ』(2024年)の奥山由之監督が実写映画化した『秒速5センチメートル』が10月10日に公開。この映画で脚本を手がけた鈴木史子によるノベライズ『秒速5センチメートル the novel』(角川文庫)も発売されて、読めば映画に描かれたシーンで登場人物が抱く心情を感じ取ることができる。新海監督自身がアニメ映画をノベライズした『小説 秒速5センチメートル』(角川文庫)もあわせて読めば、より深く作品の世界に入り込むことができそうだ。
アニメ・実写・それぞれのノベライズ……どう違う?
山崎まさよしによる「One more time, One more chance」のその先を観られる映画。前にアニメ版を見ていて、今回実写版を観た人がもしかしたら感じ取るかもしれない印象だ。
小学生の遠野貴樹は転校してきた篠原明里とだんだんと仲良くなっていっしょに遊ぶようになるが、中学校への進学を目前に明里は栃木県に引っ越してしまう。そうやって出会い、別れた貴樹と明里の物語を中心にしてストーリーが進んでいくところは、実写版もアニメ版も同じだ。
ただし順序が違う。小学生から中学生を経て高校生となり大学時代を飛ばして社会人となった貴樹の日々を時系列的に追っていくアニメ版に対して、実写版はアニメ版で「第三章 秒速5センチメートル」として描かれる、貴樹の社会人時代から幕を開ける。加えて、すでに独立しているアニメ版に対し、実写版の貴樹はソフトウェア開発会社でプログラマーとして働いている。
優秀だが周りとあまり協調できないようで、お喋りをしたりいっしょに昼食に行ったりする同僚たちから離れるように、昼は机に座ってキーボードを叩き続け、夜も飲みに出るようなことはない。ひとり孤高を貫いているか、あるいは人見知りが激しい性格なのかと思える。ノベライズではこれに、先輩社員の歓迎会に同席した女性社員の名前を覚えていなかったことや、昼にいっしょに昼食にいかなかったことを気にしている心情描写が添えられている。
実写版でも、SixTONESの松村北斗が貴樹を演じて、内心に抱いている踏み出しきれない葛藤をその表情から感じさせてくれる。映像がないノベライズでは言葉によって、貴樹という30歳を目前に控えた男性の性格や心情、そして何か引きずっているらしい過去への思いを読み取らせる。貴樹が同僚の水野理紗とつきあっていて、どのように相手のことを感じていたかもノベライズではしっかりと書かれていて、淡々と描かれていた映画での2人の関係を補足してくれる。
ちなみに、新海監督による『小説 秒速5センチメートル』では貴樹の大学時代から社会人になって理紗に至るまでの恋愛遍歴が描かれていて、意外とモテる男だったことが分かる。それでいて決定的な関係に至らないところに、貴樹の過去を引きずって煮え切らないキャラクターが見えてくる。実写版の貴樹や理紗はアニメ版よりも新海監督の小説版から性格なり経歴を採っているところが割とある。その意味でも読んでおきたい1冊だ。
思わず貴樹に言いたくなる言葉
やがて会社を辞めることを決断し、理紗との関係もギクシャクしていく展開の後、実写版はアニメ版で「第一章 桜花抄」として描かれた小学生の日々へと時間が戻って、貴樹がいったい何を引きずっていたのかが明かされていく。
小学校で明里と出会ったこと。明里が栃木に転校していったこと。やがて貴樹も鹿児島県の種子島に引っ越したこと。そこで通っていた高校で澄田花苗という同級生から好意を抱かれたこと。アニメ版では「第一話 桜花抄」から「第二話 コスモナウト」として描かれたエピソードが、幼少期は貴樹を上田悠斗、高校時代は青木柚が演じて、成長とともに後の貴樹に近づいていくような雰囲気を見せてくれる。幼少期の貴樹の快活ぶりを観ると、大人になって迷いあがいている姿がちょっと想像できない。それだけ引きずった思いが大きかったのかもしれない。
高校時代はどちらかといえば、アニメ版と同じ様に花苗の視点から貴樹に向ける恋心が中心に描かれる。森七菜が演じる花苗は貴樹のことを好きで好きでたまらないにも関わらず、貴樹が東京に何か思い残していることがあるようなそぶりを見せることに迷い、好きだという気持ちをなかなか口に出せずにいる。観ていて伝わってくるそのいじらしい姿に、「花苗にしておけ」と貴樹に言いたくなるところはアニメ版も実写版も同様だ。
ただ、アニメ版ではそうした花苗の気持ちを知っていながらリアクションを示さない貴樹にある種の潔癖さを感じられた。過去の思いに殉ずるという気持ちへの経緯だが、ノベライズを読むと、「澄田の気持ちは、どんなに鈍感を装っても間違えようのないほど、わかりやすかった。それでも、気付かないふりを続けているのは、ただの鈍さではなくて――できるだけ、何も、壊したくなかったからだ」という貴樹の心情が書かれていて、貴樹の実は臆病で勇気に乏しい心情が伝わってくる。
そして、「第三章 秒速5センチメートル」の時間へと戻っていく実写版は、貴樹がプログラマーとなり明里は書店員となって働いている日々が描かれていくが、その中でようやく、アニメ版の「第一章 桜花抄」に登場した、雪の中を列車で東京から栃木県にある岩舟駅まで貴樹が明里に会いに行く有名なエピソードが挿入され、観客が焦るような感覚で見守った貴樹の小さな旅に改めて巡り会える。なおかつアニメ版にはないひとつの約束が提示され、貴樹と明里の”今”を描く上で大きな役割を果たす。
だから花苗にしておけば……
そして語られる貴樹の長く引きずり続けた思いへの訣別は、アニメ版ではそれほどはっきりとは描かれなかったものだ。
アニメ版では、会社を辞めてどこにも行く当てがないように見える貴樹の過去がフラッシュバックのように描かれ、そこに山崎まさよしが歌う「One more time, One more chance」が重なって、このあとどうなってしまうのだろうかと迷わせる。これが実写版では、はっきりと過去について振り返り、気持ちを吐き出して少しだけ軽くなった気持ちで歩きだそうといった雰囲気になっている。
「僕は、前を向いた。もう、何かを探すことはない」とノベライズの貴樹は内心でつぶやく。「僕はまた、歩き出す。振り返らずに、ただ、自分の足音だけを連れて。歩いて行けば、それだけで。きっと、どこまでも行ける」。新海監督による小説の「この電車が通り過ぎたら前に進もうと、彼は心を決めた」という言葉よりも強く、そして前向きな気持ちが実写版の貴樹にはある。そのことを映画の松村から感じ取り、そしてノベライズの描写から読み取って、迷っている人や引きずっている人は明日へと向かう気持ちを高めることができる。
そんな実写映画でありノベライズだ。
あとひとつ、ノベライズで分かったことがある。花苗はまだサーフィンを続けていて、短大を出てからカリフォルニアに留学してそのまま現地で働いているとのこと。まっすぐで前向きなその生き方に、改めで「だから花苗にしておけば」と思う人も少なくないはずだ。
























