「ダウンタウンチャンネル」は本当に失敗するのか? 『イノベーションのジレンマ』の視点から考える

ライター・編集者の速水健朗が時事ネタ、本、映画、音楽について語る人気ポッドキャスト番組『速水健朗のこれはニュースではない』との連動企画として最新回の話題をコラムとしてお届け。
第35回は、2025年11月1日(土)よりスタートすることが発表された吉本興業の有料配信サービス「ダウンタウンチャンネル(仮称)」について。
「ダウンタウンチャンネル」とイノベーションのジレンマ
「ダウンタウンチャンネル」について、現時点で明らかになっているのは、開局日が11月1日であることと、ファン参加型のサービスになるという点くらいだ。それ以外の情報は乏しい。ところが発表直後から、さまざまなインフルエンサーがその成否を論じ、やや「失敗説」が優勢に聞こえた。ここでは、その可能性を『イノベーションのジレンマ』の視点から考えてみたい。

『イノベーションのジレンマ』は20年以上前に刊行された経営書である。要点は、新しい市場が生まれるとき、既存市場で優位にある大企業ほど失敗し、新規参入者が勝利する、という逆説的な構造にある。資本力も開発力も分析力も大企業のほうが勝っているはずなのに、なぜか失敗する。その理由は「合理的な判断」そのものにある。
「破壊的イノベーション」と呼ばれる新市場では、初期の技術は未熟で収益性も低い。分析すれば投資する理由が見当たらず、大企業は見送ってしまう。しかし、その技術は低コストでニッチ市場に浸透し、やがて既存市場を侵食する。つまり、大企業の合理性が結果的に敗北を導くのである。これが「イノベーションのジレンマ」の恐ろしさだ。
「ダウンタウンチャンネル」も、緻密な市場分析を経て、優秀なクリエイターを揃え、失敗の余地を減らした「正しい」コンテンツになるだろう。だが、新しいメディア開拓という「破壊的イノベーション」の舞台では、その正しさこそが足かせになる。なぜなら破壊的イノベーションは、常に「低コストの側」から浸透してくるからだ。これはまさにクリステンセンが描いた構図である。
思えばダウンタウン自身の登場も、この理論で説明できる。デビュー当初、彼らは「大阪のあんちゃんが立ち話をしているようだ」と評された。直前の主流は『オレたちひょうきん族』である。ひょうきん族は、ドリフや欽ちゃんの大掛かりな舞台や緻密な演出とは異なり、アドリブや内輪ノリに近い笑いを前面に出した。より低コストで即興的だったからこそ、時代の空気に合い、次の勝者になれた。お笑いは「破壊的イノベーション」が繰り返される市場であり、勝者は常に低コストの側から現れてきたのである。
音楽の市場でも同じことが繰り返されてきた。1995年、ダウンタウンは2つのヒット曲をうんでいる。GEISHA GIRLS(坂本龍一プロデュース)の『Kick & Loud』と、H Jungle with t(小室哲哉プロデュース)の『WOW WAR TONIGHT』。結果はコストの低い方(これは僕の印象だけど)の曲がよりヒットした。これもイノベーションのジレンマ的な話である。
もっとも、始まる前のコンテンツに「ダメ」と断じるのはあまりに無礼な話だろう。最後に余談として企画を考えてみた。
第1話の冒頭は、東南アジアの空港。サングラスにキャップ姿の男が入国審査の列に並ぶ。名前と職業を英語で問われ、「Hitoshi Matsumoto、コメディアン」と名乗るが、不審者扱いされる。「じゃあネタを見せろ」「いや、それは…」という押し問答。証明のためにスマホでYouTubeを開いて見せるのだが、そこに表示されていたのは、自分のスキャンダルについての動画のサムネイルばかりで、主人公は、慌てて隠す。ここでタイトルが入る。『Unknown Downtown』。リアリティ番組風ドラマである。
主人公は「誰も自分を知らない国」で新しい生活を始めようとしている。空港で出迎えるのは現地エージェント。といっても彼は観光ガイドみたいな存在で、主人公が有名であること、スキャンダルを起こした成功者であること、コメディアンであることなどは、まったく知らない。車で移動する道すがら、ガイドは質問を繰り返し、自分の話を延々とする。到着先は古びたアパートだった。ここから主人公の生活が始まるんだけど、物語は、この2人のバディものとして進む。やがてガイドがコメディスクールに通っていることがわかり、主人公はそこに足を運ぶことになる。ここまでが第1話のプロット。
実は、この話は、Netflixドラマ『フランスでは有名人』がベース。これはフランスで成功したコメディアンが、誰も自分を知らないロサンゼルスに移住し、再出発を試みる物語だ。実際に、フランスの有名なスタンドアップコメディアンが演じている。僕の案は単にまるまるそれを翻案しただけ。ただ、タイトルまで勝手に『Unknown Downtown』と考えた。知らない町=unknown town と、お笑いコンビ・ダウンタウンをかけたダブルミーニングである。海外の街で、新しい相棒とともに新しいコメディを模索するという企画。悪くなくない?























