NENEとSKY-HIのビーフ、残クレアルファード……車種から考える、ヒップホップ論争
ライター・編集者の速水健朗が時事ネタ、本、映画、音楽について語る人気ポッドキャスト番組『速水健朗のこれはニュースではない』との連動企画として最新回の話題をコラムとしてお届け。
第33回は、アルファードとヒップホップの未来についての話。
「残クレアルファード」とNENEによるビーフ
思い返せば、今年の夏は「トヨタしか勝たん」と「おまえじゃないんだよな」という2つのフレーズが響き渡るところから始まった。前者は、YouTube上で展開された「残クレアルファード」動画の中でもっとも再生された楽曲の冒頭のフレーズ。後者は、ラッパー・NENEによる、SKY-HIとちゃんみなに向けたビーフの中から生まれたセリフである。どちらもヒップホップに関連する話題だが、同時期に話題となったという以外には、直接的なつながりはない。
「残クレアルファード」は、がんばり屋の父親が、気合いと見栄を張ってアルファードを「残クレ(残価設定ローン)」で購入するという設定を軸に家族愛と悲哀を描いた一連の動画シリーズの総称である。発端は「いろはス」というYouTubeチャンネルによる投稿。その後、他のクリエイターたちが次々にバージョン違いを制作しネット上で拡散した。ネタ動画でありながら、生成AIによる映像の完成度が高く、短期間にブームが集中した。いずれは忘れられていく「一発ネタ」としての性格もあるだろうが、音楽的な完成度の高さやヒップホップ文化に対する理解の深さには注目すべきものがある。地元への愛、家族への愛情、そしてユーモア。それ以上に見逃せないのが、いかつい車への愛だ。これこそが、ヒップホップの根幹をなす要素でもある。
一方、NENEが仕掛けたビーフ。彼女は「オワリ」という楽曲をYouTubeで公開し、名指しで攻撃したのは、ガールズグループ・HANAのプロデューサーであるちゃんみなとSKY-HIだった。HANAは、SKY-HIがCEOを務めるBMSGが主催したオーディション番組『No No Girls』から誕生したグループであり、ファン層は10代が中心と思われる。NENEの主張は、HANAの楽曲『Burning Flower』が、自身の楽曲のアイデアを盗用したというものだった。10代に大人たちの喧嘩がどのように見えているのかは気になるところだ。
この飛んできた矢にSKY-HIがアンサーを返す。「お前が郷ひろみとスプリット(*著者註ビジネスの意味)したら喜んでくれてやるよミリオン」というパンチライン。HANAの曲にある「あちちちちち」という歌詞が引き合いに出されたことへのアンサー。ビーフにはいくつかの不文律がある。歌詞を用いて相手に攻撃を仕掛けるだけでなく、その中に音楽・ヒップホップ史をいかにリファレンスするか。つまり、過去の作品をなぞりながら、今の文脈に寄せていく手腕が求められる。その意味では、SKY-HIGHは郷ひろみをリファレンスしたのだ。
勝敗はさておき、NENEのMVには彼女の愛車が登場する。自分のポッドキャストでは「シボレー・カマロ」だと語ってしまったが、よく見たら日産シルビアのS15だった。大間違い。
日産シルビアは、かつて「デートカー」として親しまれた車だった。とくにバブル期に登場したS13型(5代目)は、手頃な価格と見た目のスマートさで若者向けの大衆スポーツカーとして人気を集めた。漫画『頭文字D』では、主人公が働くガソリンスタンドの先輩・池谷がこのS13に乗っていた。走りの腕はほどほどだが、車への愛が深い、頼れる先輩というキャラクターだった。
一方で、NENEの愛車であるS15型(1999年〜2002年)は、販売当時すでに「デートカー」という言葉自体が時代遅れになっていた時期のモデルである。販売数も少なく、長らく地味な存在だったが、近年になって1990年代の日本車が世界的に再評価される中で、その価値は一転。今では中古市場でも高値を維持する人気車種となっている。NENEのS15には、「激アツ」というペイントが施されており激シブである。
さて、『Burning Flower』のMVにも車のシーンが登場する。トンネル内を走る車内で最年少メンバーのMAHINA(16歳)がラップを披露するシーンだ。一見、リムジンのように見える内装だがトンネルを抜けたところで車種が判明する。なんとトヨタのミニバン「ノア」だった。そして両親が前席に座る家族の車であることが明かされる。見事なミスリードの演出であり、ラッパーのMVでよく見る「豪華なクルマ」へのパロディだ。ヒップホップと家族愛。アルファードではなくあえてノア。よくわかっている。
NENEとBMSGのビーフは、いわばトヨタ対日産の対決でもあった。どちらに軍配が上がったかはともかく、国産車がリファレンスされている点に日本のヒップホップ文化の成熟を見てとることができる。ビーフの応酬は、本格的な夏休みに入る前にはひとまず収束したが、もし続編があるなら。これはネタにされたレジェンドである郷ひろみ本人の参戦を期待したいところ。























