酷評の嵐で話題、アイス・キューブ主演『ウォー・オブ・ザ・ワールド』の楽しみ方とは?

『ウォー・オブ・ザ・ワールド』の楽しみ方

 ライター・編集者の速水健朗が時事ネタ、本、映画、音楽について語る人気ポッドキャスト番組『速水健朗のこれはニュースではない』との連動企画として最新回の話題をコラムとしてお届け。

 第34回は、酷評の嵐で話題となったアイス・キューブ出演の映画『ウォー・オブ・ザ・ワールド』について。

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『ウォー・オブ・ザ・ワールド』は、予想に反しておもしろかった

 8月上旬に公開された『キムズビデオ』。伝説的なニューヨークのレンタルビデオ店を追ったドキュメンタリーだ。題材には惹かれるし、ネットの評判も悪くないと思って観に行ったのだが、内容はどうにも微妙だった。

 改めて評判を見直してみると、絶賛されていると勘違いしていただけで、実際には「映画好きとして一応褒めておくか」といった態度表明が多かった。なるほど、世の中には「つまらなかった」と正直に言いにくいタイプの作品というものがある。『キムズビデオ』はまさにその典型だった。

 一方、映画採点サイトのロッテントマトで史上最低クラスの評価を受けた『ウォー・オブ・ザ・ワールド』は、予想に反しておもしろかった。何度も映画化されてきたH・G・ウェルズ原作『宇宙戦争』の新たな映画化である。ウェルズは死後70年以上が経ち、すでに著作権が切れてパブリックドメインになっている。物語の基本要素、異星人が三脚型兵器〈トライポッド〉で攻撃を仕掛け、最後には地球のウイルス(広義)によって撃退されるのは原作どおりだが、それ以外はオリジナル要素で構成されていた。

 主演はアイス・キューブ。演じるのは国土安全保障省(DHS)の職員である。エドワード・スノーデンが告発した「政府による市民監視」をまさに日常業務として行っている人物だ。彼は監視ツールを駆使してテロリストの可能性がある人物を追うのが仕事のはずなのだが、もっぱら娘のダメな彼氏や息子のゲームの課金状況を盗み見るなど、公私混同が甚だしい。そんなさなか世界各地で異常気象が起こり、隕石の落下からエイリアンの送り込んだトライポッドが姿を現す。そのほぼすべてが監視カメラのスイッチング映像として描かれるのだ。

 映画の評判が悪いのは、コンピューターモニターの中だけでパニックの出来事が描かれ、アクションの醍醐味に欠けるからだろう。ただ、僕はパニック映画にすぐ退屈してしまうたちなので、監視カメラ映像が次々スイッチングされていく流れの方がスリリングに感じる。アイス・キューブは、人類が滅びそうになっていても塩対応だが、娘が危ないというときにだけ過剰に反応する。世界は滅びてもかまわないが、娘が痛い思いをするのからは救いたいのだ。この作品は、アイス・キューブの反応を観て楽しむ“リアクションYouTube”のような映画であり、そこを楽しむのが正解だ。

 続いて、『近畿地方のある場所について』。ホラー映画として公開された本作の主人公は菅野美穂演じるベテランのフリーライター。数年前に子どもを亡くした過去を抱えているという設定だ。主人公は、失踪したオカルト雑誌の編集者の残した映像資料をもとに記事を引き継ぐ。VHSに録画されたテレビ番組やホームビデオ、ニコ生の配信動画などが次々と提示され、それらが近畿地方のあるエリアに結びついていく。圧倒的におもしろいのは前半で、挿入映像の出来が抜群に良い。だが、主人公が現地に向かう後半からはややトーンダウンする。物語を転がすために「移動」を入れると、かえって凡庸になるというケースだった。

 最後に、8月から東京ローカルで『北の国から』の再放送が始まった。このドラマは父(五郎)と子どもたち(純、蛍)3人の物語という印象が強いが、最初のシリーズには母・令子(いしだあゆみ)が登場する。令子は東京で美容院を経営し、タバコを吸う女。ホームドラマの理想的な母親像からはかけ離れた存在である。さらに浮気相手を店に連れ込み、その姿を娘に目撃される場面から始まる。子どもたちをこうした母親から遠ざけるため、五郎は純と蛍を連れて北海道に移住する。それが物語の出発点だ。

 中盤、令子が子どもたちに会いに来る場面があるが、彼女は弁護士を伴って現れる。やりすぎというくらい徹底して「悪女」として描かれる。蛍は、その母を母親として受け入れない。だが、この後にあの名場面が訪れるのだ。汽車に乗り込んだ令子が窓からふと外を見ると、河原沿いを全力で追いかける蛍の姿が映る。窓から身を乗り出す令子。令子が赦しを得るシーンとも言えるし、とはいえ令子はこの後に病死するのだから、結局彼女は許されないままなのだともいえる。ともあれなんとも残酷なドラマである。

 『北の国から』はその後、数年に一度のスペシャル版が制作され、国民的ドラマとなっていく。しかしそこには、いしだあゆみの姿はない。その後の『北の国から』とは、いしだあゆみの不在である。

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