虎ノ門ヒルズに現れた“未来の書店”ーーmagmabooksの新しさとは? 丸善ジュンク堂書店・工藤淳也インタビュー

しおりと書棚とラウンジ・水琴窟で、「読前」「読中」「読後」を満たす
――『magmabooks』はグラスロックの2階と3階フロアにあります。2階のエントランスから入ると、すぐにあるラックに、言葉の書かれた「しおり」のようなものが置いてありますね。
工藤:「問い散歩」と名付けた、「読前」のためのしかけです。楕円形のしおりの表面には、「地球上に人は何人いるのが、ちょうどよいのだろう?」とか「90年代とは何だったのか?」とか「私達は資本主義に従うしかないか?」といった、「問い」が書かれています。裏面にその答えにつながる本が書かれていますが、このしおりを手に、まずは書棚を自由に散歩してほしいんです。というのも、「こんな答えがほしい」と思って書店に訪れ、本を探すより前に、「新たな問いと出会える場」であるべきではとの考えがありました。
――しおりの問いを読むと「確かに……なんでだろう?」と疑問が浮かぶし、これから書棚に向かうときに思わず答えを探しちゃいそうです。
工藤:そのうえで続く2階の書棚は、「森」を見立てたエリアになっています。本棚はふつう直線で構成され、「小説」「ノンフィフィクション」「ビジネス」といったジャンルごと、あるいは「文庫」「単行本」「雑誌」といった本の形式ごとにまとめて整然と並べられています。そのほうが、当然、探しやすいですからね。
――けれど、ここは違いますね。曲線の書棚に、サイズもジャンルも判型もバラバラの本が並んでいて、ときに横向きに積んである。
工藤:はい。過去・現在・未来のパートの3つに大きく分かれたうえで、それぞれの書棚に何かしらのテーマがつき、即した本を並べています。ノンフィクションも小説もマンガも、あくまで書棚のコンテキストに沿った形で置かれています。たとえば、この書棚は「ヨーロッパの誕生」となっていますが、いわゆるヨーロッパ史の専門書があれば、『チ。』のようなマンガも横積みにおいてある。さらにその横には講談社学術文庫の『異端審問』が並ぶ。通りかかっただけで、興味や関心がひろがったり、深堀りできたり、新たな問いが見えてきたりと、「読前」からワクワクする感覚が味わえるよう書棚が編集されています。
――歪曲しているから、棚の前に立ったときに、いい意味で余計な背表紙が目につきやすいのもおもしろいですね。同時に、どこにどんな本があるかもわからないのも心躍らせられるというか。
工藤:そのとおりです。なので、書棚の間を森のように散策しているだけで、新しい知の扉がひらかれる。「何だろこれ」「なぜこの本の前に、この小説が置いてあるのかな」「ああ。確かにこのマンガもつながっているな」と自然と感じていただける。裏返すと、2階のこの書棚たちは「この本がほしい!」という方には、使いにくいのですが(笑)、好奇心を刺激したい、アイデアの源泉がほしい、企画のヒントを得たいと考えているような方にはすばらしい出会いがありえると思うのです。
――かつて松岡正剛さんが、丸善・丸の内本店につくった『松丸本舗』(※)を彷彿とさせます。
工藤:文脈で本を自由に置いて「予期せぬ本との出会い」を導くスタイルは、大いにインスパイアされました。そもそも松丸本舗の起ち上げにも携わり、松岡正剛さんの編集工学研究所のCFOでもある、丸善CHIホールディングスの野村育宏経営企画部長も、プロジェクトに参画していますしね。ただ、『松丸本舗』と大きく違うのは、松岡正剛氏や他の著名人が棚をつくるのではなく、弊社の書店員たちが書棚を編集していることなんです。本に関して、すばらしい知見を持った書店員の存在は、まさにリアル書店にとっての大きな価値です。書棚づくりでも存分に力を発揮してもらっています。
――なるほど。3階は「読前」を大いに刺激させるフロアになっていましたが、奥の内階段で降りた2階フロアは、また違う雰囲気ですね。
工藤:はい。2階の書棚は編集されたものというより、従来のジュンク堂などに近い、「ビジネス書」「文庫」「コミック」といった具合に、ジャンルや形態で分類されたシンプルなつくりになっています。ほしい本やジャンルが決まっている方は、こちらを使うなど、3階と使い分けていただけます。もっとも、2階に関しては、「読中」「読後」のためのしかけに工夫を凝らしました。『FOCUS』と『CALM』と名付けた、書棚のない2つの空間です。
――まずは『FOCUS』から説明してください。半個室のデスクと机が並んだ自習室のようなエリアですね。
工藤:本と出会ったあとは、それを読む「読中」の時間と、何かしらの着想を得たり、企画にしたためたりとアウトプットにつながる「読後」の時間が続きます。まさに“知を熱いうちに打てる”よう、じっくりと本を読み、アイデアをまとめたり、企画書にしたりするための書斎空間を用意しました。FOCUSと名付けたように、「没入する」ためのゾーンです。カネカ社が手掛けた影がつきにくく、本が読みやすいスタンドが設置され、没入するのにちょうどいいBPMの音楽をVIE社が作曲して静かに流れています。料金は1時間1800円~で、その間、ドリンクとお菓子は食べ放題です。
――たとえば、虎ノ門エリアやそれ以外から訪れるビジネスパーソンが、プレゼン資料や事業アイデアを練るために本を持ち込んでこもることができるわけですね。
工藤:もちろん、学生の方、クリエイターの方も大歓迎です。いずれにしても、本や書棚から得た知的興奮を、熱々のうちにその場でアウトプットできる場所と時間を提供しようと考えました。ただ、没入するだけで、いいアイデアやアウトプットにつながるとは限りません。そこで、もうひとつ『CALM』を用意しました。
――『CALM』は、『FOCUS』と同じフロアの反対エリアにあります。どのようなゾーンなのでしょう? ……わ、真っ暗ですね。
工藤:はい。こちらは本を持ち込むのではなく、集中から解き放たれて、思考を緩和するためのゾーンです。だから、室内は暗くし、リラックスしてただただ佇めるような空間にしてあります。中央にあるオブジェは水琴窟なんですよ。
――水琴窟!? 日本庭園などにある地中に埋めた水瓶に落ちる水滴で音をならす、アレですよね。
工藤:そうです。水琴窟の静かな音が、心を落ち着かせると言われているので、この部屋の中央に設置。そのかすかな音を集音するマイクとスピーカーをヤマハのエンジニアの方がつくりあげて設置してもらいました。アイデアを練る際は、集中して脳をずっと緊張させるだけではなく、ふとリラックスさせることが重要だと言われています。
――机にじっと向かっているときより、シャワーやトイレに入ったときのほうがひらめきが訪れる、あの感覚でしょうか?
工藤:まさにそうです。こうした何もしない場をあえてつくり、最高の『読後』につながるような緊張と緩和を提供させていただいています。知の拠点であり、未来の書店の一端を、このような形でプレゼンテーションしているのです。
――おもしろいですね。本と出会い、より深堀りできる書店で、地続きに、自分の思考や仕事も深められる。本好き、書店好きの要望を満たすのではなく、さらに期待を上回る場になっていますね。
工藤:「書店は減る一方だ」という話はすでにしたとおりです。ただ、そう考えると、「いま書店に来ていただいている方々は、本と深く、上手につきあわれている方々」ともいえます。そうした方々に満足していただき、さらに感動にまでつながるような場にしなければ、「未来の書店」とはいえないだろうなと考え、設計していきました。ただ「そうした本好き以外の方々にも来ていただくしかけ」も用意しなければ衰退するばかりだという危機感も強い。ですので、すでに別の挑戦も始めています。未来の書店というよりも、書店の未来をつくるために。
<後編に続く>
※2009年~2012年の間、丸善・丸の内本店にあったショップインショップのブックストア。編集者で著述家の故・松岡正剛氏(編集工学研究所・所長)が、回廊のような書棚に新刊、古本、新書、マンガなど形態やジャンルを混ぜ合わせて本を並べた、実験的かつ伝説的な書店だった
■magmabooks 店舗概要
所在地:東京都港区虎ノ門一丁目22番1号 グラスロック 2・3階
開店日:2025年4月9日(水)
営業時間: 11:00~20:00(magmaloungeは 平日 9:00~20:00 / 土日祝 10:00~20:00)
売り場面積:約270坪(2階 約85坪 / 3階 約185坪)
取扱商品:書籍、雑誌、コミック、文具、雑貨
併設ラウンジ:magmalounge(3階)
併設ギャラリースペース:magmaspace(2階)
店舗SNSアカウント: X @magmabook / Instagram magmabook
店舗ホームページ:https://honto.jp/store/detail_1570268_14HB421.html






















