和製ポップス、マンガ、SF、ジャズ喫茶、学生運動……亀和田武が60年代ポップカルチャーから培った「笑いとエロと批評性」

亀和田武『60年代ポップ少年』インタビュー
亀和田武『60年代ポップ少年』(中公文庫)

 2016年刊行の『60年代ポップ少年』が、このほど文庫化された。マンガ雑誌編集者を経てコラムニストとなり、テレビ番組の司会者なども務めた亀和田武が、1960年代の少年・青年時代に出会ったカルチャーや出来事をふり返った内容だ。文庫化では「ポップ少年のその後――文庫版あとがきに代えて」と題し1970年代の歩みを綴ったエッセイも追加されている。和製ポップス、マンガ、SF、ジャズ喫茶、学生運動など、亀和田が1960年代に追い求めた「ポップ」とは、どのようなものだったのだろうか。(5月21日取材・構成/円堂都司昭)

坂本九、SFマガジン、大江健三郎

――『60年代ポップ少年』によると亀和田さんは、ダニー飯田とパラダイス・キングのシングルで坂本九が歌った「悲しき六十才」(1960年。海外では「ムスターファ」の題で知られる曲の日本語版)をラジオで聴いてポップに目覚めたそうですけど、「上を向いて歩こう」(1963年)の大ヒットでスターになってからの坂本は優等生的になり、ヤンチャ坊主だった頃の自然な笑いが消えたと書いているのが印象的でした。

亀和田:僕はね、ラジオから流れる音楽を聴いてボリュームを上げたのは、「悲しき六十才」が初めての体験だったんです。それ以前からラジオやテレビで歌謡曲に触れていましたけど、それはあくまで大人が聞いてる流行歌で、ピンとはこなかった。そんな歌謡曲とはまったく違う聴いたことのない感じの曲だった。数日後、テレビの音楽番組で坂本九をみたら、いわゆる二枚目じゃないの。顔はニキビの跡だらけで、夏ミカンの皮みたいっていわれてた。三枚目的で陽気な末っ子のような雰囲気で、いっときもジッとしない。それがなんか気に入って追いかけるようになった。センチメンタルで抒情的なメロディの曲も好きなんですけど、九ちゃんの場合、リズム感が凄くよかった。それ以前に平尾昌晃、山下敬二郎、ミッキー・カーティスなどのロカビリーもあったんだけど、彼らはポマードべっちょりの髪で、俺って格好いいだろう的に歌うのが、嫌だったんです。その点、九ちゃんは、いい意味で軽いノリがありましたね。初めて見るタイプ。

「上を向いて歩こう」は、NHKの『夢であいましょう』という番組で聴いたんですが、歌いだしで魂を持ってかれるような感動を覚えました。この番組には「今月のうた」というのがあって、その後も「遠くへ行きたい」(ジェリー藤尾)、「こんにちは赤ちゃん」(梓みちよ)など有名な曲が出ましたけど、「上を向いて歩こう」は特別だった。日本のポップスがここまできたのかと思ったくらいの名曲。でも、その直後から九ちゃんのいい意味での三枚目的なところがなくなって、きっちり、ちゃんとしたたたずまいになり、紅白歌合戦に出たりしたけど、子供心にも偽善的に映った。ボクシングのファイティング原田の世界選手権で彼が国歌を歌ったりもしたんだけど、緊張してるし曲が彼にあわないし、下手だと批判されたりして。かつての軽やかな感じが消えちゃって、僕はやんちゃ坊主だった頃の方が好きでしたね。

――『60年代ポップ少年』は、ポップを追い求める姿勢で一貫していますけど、そのなかでもマイナー嗜好だったと書いていますね。

亀和田:そうなんですよね(笑)。ポップとマイナーは、本来結びつかないのに。ポップは軽やかなものだけど、僕のなかには後ろ向きなマイナー嗜好が確実にある。太陽に向かっていくポジティブなところが、僕にはあまりない。昭和30年代に人気があった時代劇俳優だと、中村錦之助(後の萬屋錦之助)は陽気で華があったけど、彼と並び称されるライバルの東千代之介は、端正な顔だけど暗さがあった。彼は不幸な役回りが多いんだけど、僕はどうしても東千代之介の方に目がいってしまう。そういう傾向がありました。フランスのヌーヴェルヴァーグも、攻撃的で前衛的なゴダールより、『大人は判ってくれない』以来、一貫して駄目オトコを描いたトリュフォーが好きなんです。

――後ろ向きといいつつ、本でも語られたように亀和田さんは、日本ではまだ草創期だったSFにもハマっていたわけで、その意味では未来志向でもあったんじゃないですか。

亀和田:どうも僕は、SFでも単なる未来志向のものは好きじゃなかったみたいです。小学校高学年の頃、学校の図書室にあったジュール・ヴェルヌ選集は夢中になって全巻を読んだし、少年少女科学冒険全集でハインライン、オーヴルチェフなんかを好きで読んでいたんですけど、1962年に創刊2周年だった『SFマガジン』に初めて出会った。これが決定的でした。それまで僕が読んでいた子供向けの空想科学小説とは違うテイストの、僕のマイナー嗜好を満たす作品があったんです。近い未来に火星にいけるのか、ロボットは実現するのかといった興味もありましたけど、ある種の少年にとっての根源的な問いかけである、時間の始まりと終わりとはなんだろう、理科の教科書では何億年前に宇宙ができたというけどその前はなんだったのだろうといった興味がある。そうした問いへのヒントが、初めて手にした『SFマガジン』にはあった。今ならタイムトラベルものは多く作られていますけど、当時はアメリカやイギリスのSFにしかなかった。星新一さんがいたくらいで、まだ専業の日本人SF作家がいなくて、ミステリー作家たちにSFを書かせるくらいで。でも〈SF〉って言葉も初めて知ったし、ともかく『SFマガジン』は格好良かった。三島由紀夫や北杜夫、安部公房も愛読者でしたよ、『SFマガジン』は。

――純文学の安部公房とか。

亀和田:安部さんは『SFマガジン』で1966年に短期連載してますね、『人間そっくり』という中篇を。1962年頃からは光瀬龍さん、小松左京さんが登場して、『SFマガジン』を購読するんですけど、子どもには高いし音楽を追うには『ミュージックライフ』も毎月読まなきゃいけない。だから『SFマガジン』は3か月に2回か2か月に1回買うくらいでした。でも、小松さんのデビュー4作目の短篇『時の顔』(1963年)という現代と江戸時代を行き来する時間ものが本当に面白くて、『SFマガジン』を買う頻度が高まるきっかけになりました。

――SFに関しては、ファンの集まりにも出入りしていたんですよね。

亀和田:ともかく、まだSFが圧倒的に少数派でしたから。SFファンに会いたい一心で、いまの道玄坂小路の台湾料理店「麗郷」の2軒隣にあった「カスミ」という喫茶店で開かれていた「一の日会」に通い始めるのが、高校2年の春です。1日、11日、21日、31日と、1のつく日に集まるから「一の日会」。当時のアクティブなSFファンが、20~30名集まって。そんな常連の中で、高校生は僕ともう1人だけでしたが、SFファン同士で集まってると、年齢も関係ない。

――「悲しき60才」とか自分が好きだった和製ポップスを蹴散らしたビートルズは嫌いだったと書かれていますが、ビートルズ以後のロックは素直に聴けたんですか。

亀和田:基本的に聴けなかったですけど、ローリング・ストーンズ「テル・ミー」(1964年)は好きだったし、デイヴ・クラーク・ファイヴとかピーター&ゴードンとかなじめるものもありましたよ。

――無人島に持っていきたい1枚という雑誌の企画で、亀和田さんはストーンズのライヴ『ゲット・ヤー・ヤ・ヤズ・アウト』(1970年)をあげたことがあったでしょう。

亀和田:ストーンズはデビュー時から好きでした。ビートルズ嫌いで、生粋のストーンズ派ですね。学生運動の高揚、衰退の時期あたりからは、さらにストーンズにハマりだしました。一方で、高校2年の春からは、学校帰りに新宿、渋谷、吉祥寺のジャズ喫茶に通っていました。最初は2日に一度、その後はほぼ毎日。ジャズ喫茶にいくって、ジャズ雑誌『スイングジャーナル』をめくると、後ろの頁にそういう店の紹介が地図とともにあれこれ小さく載っていた。それを頼りに自由が丘とか有楽町の店へわざわざ出かけたりしました。高2の修学旅行のときは、京都の「しあんくれーる」とかにも行った。

――亀和田さんはSFばかり読んでいたわけでもなく、石原慎太郎、澁澤龍彦、大江健三郎、吉本隆明、倉橋由美子など、純文学作家や批評家の名も本には出てきます。

亀和田:吉本さんを読んだのは、やはり政治の季節になった頃からですね。大江さんは評価が高いし手にとってみるけど、なんか難しい。悪文と紙一重みたいな晦渋な文章で、不思議なんだけど、それでも最後まで読んじゃうんだから面白かったんでしょうね。『性的人間』を発表する一方で、社会党委員長を刺殺した少年をモデルにした『セヴンティーン』とか、性と政治の両方を書いて、流行に敏感だった。フランスのサルトルなどに影響を受けているんだろうけど、カッコいい小説でグイグイ読まされた。『個人的な体験』の主人公の呼び名なんて、「僕」とか「彼」じゃなくて、「鳥」にルビを振って「バード」ですよ。ジャズ喫茶にいって読むには、ちょうどいいカッコよさがありましたね。

――ジャズで一番好きだったのは。

亀和田:やっぱりジョン・コルトレーン。いろんな意味で、1960年代の時代感にマッチしていた。聴くと僕みたいな人間を思索的にしてしまうような、そういう力をコルトレーンは持っていました。それと反対に、当時ジャズ・ロックと呼ばれてジャズ・マニアに軽んじられていたけど、リー・モーガンのようにファンキーで踊れる感じのジャズもいいなと思ったし、彼のトランペットはいまも50年以上聴き続けています。オルガンのジミー・スミスもファンキーで好きでしたね、格好いいです。

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