櫻井裕一×高野聖玄が明かす、トクリュウ=匿名犯罪者の脅威「あらゆる点で、従来の犯罪集団と違う」

トクリュウ=匿名犯罪者の脅威
櫻井裕一・高野聖玄『匿名犯罪者-闇バイト、トクリュウ、サイバー攻撃』(中公新書ラクレ)

 白昼堂々の貴金属店の強盗事件、住宅に押し入って金品を奪い住人を殺害――闇バイトによる凶悪犯罪が増加し、治安の悪化を感じている人も多いのではないだろうか。『匿名犯罪者-闇バイト、トクリュウ、サイバー攻撃』(櫻井裕一・高野聖玄/著、中公新書ラクレ/刊)は、現代社会に蠢く匿名の犯罪組織と犯罪を行う者たちの闇に迫った一冊である。

 現在の犯罪を考えるうえで、無視できない存在といえば“トクリュウ”である。トクリュウこそが、昨今の闇バイトや凶悪化する犯罪に大きな影響を及ぼしている犯罪組織なのだ。その性格は、従来の暴力団とも半グレとも大きく異なり、強固な横のつながりを持たない。そして、現代のインターネットやSNSによって進化した一面があるという。

 これから日本の治安はどうなっていくのか。どのような犯罪が起こり得るのか。万が一の事態に備えて、我々はどのように対応していけばいいのか。『匿名犯罪者-闇バイト、トクリュウ、サイバー攻撃』の著者である、警視庁マル暴刑事として長く勤務した櫻井裕一氏と、サイバーセキュリティのスペシャリストである高野聖玄氏に話を聞いた。

新たな犯罪組織の出現

櫻井裕一氏

――トクリュウとは“匿名・流動型犯罪グループ”の略称で、2023年に発生した「ルフィ事件」をきっかけに注目されるようになりました。従来の暴力団や半グレのような犯罪組織とは、何が違うのでしょうか。

櫻井:簡潔に言えば、暴力団は組長以下の構成員が疑似的な親子関係を結んでいる組織であり、半グレは地元の先輩後輩などの仲間同士が結びついているというものです。トクリュウの構成員には、そういった強固な人間関係や横のつながりがありません。犯罪という目的をもとに結び付いた短期間のプロジェクトグループといえ、匿名・流動型犯罪グループという名称はそこからつけられたものです。

――純粋に犯罪を行うために結成されている集団なのですね。

櫻井:そして、暴力団や半グレともっとも異なる点は、トクリュウは堅気の人間が実行役として集められ、指示役に命令されて犯罪を行っている点でしょう。さらに、3人のグループがあったとすると、一人ひとりはお互いの素性も何も知りません。首謀者が知らない人同士を組ませて犯罪を行わせる、これがトクリュウの最大の特徴です。トクリュウがあらゆる点で、従来の犯罪集団と違うことがおわかりいただけると思います。

――知らない人同士で、しかも素人なのですね。どうやって人を集めているのですか。

櫻井:ここで出てくるのが、いわゆる闇バイトです。SNSなどの募集告知を見た人たちが高額の報酬につられて集まるため、そもそも犯罪をやるつもりがなかった人がほとんどです。後になってから犯罪目的の募集だとわかり、応募したことを後悔するケースも多いといえます。

高野:昔の犯罪組織の末端の構成員は、例えば地元の暴走族や不良の先輩後輩などで繋がっていました。ところが、インターネットやSNSの進化によって、もともと何の関係性もない人たちを全国から集めることができるようになってしまいました。これはデジタル化の負の側面といえます。

櫻井:そして、暴力団や半グレの構成員は、喧嘩の能力に長けている人も少なくありません。トクリュウはというと、今まで犯罪行為と無縁だった人もいます。けれど私は素人の暴力ほど怖いものはないと思います。ここまでで加減しようという感覚を知らず、歯止めが利かないので、思い切りやってしまうのです。

――櫻井さんは、トクリュウの恐ろしさとして凶暴化を挙げています。しかし、喧嘩も何もしたことがない人が、あれほどの凶悪事件を起こせるとは信じられません。

櫻井:闇バイトを通じて集まった人たちは、途中で真相を知り、逃げ出そうと考える人もいます。すると、指示役は暴力団などの組織の人間がバックにいる、などと脅すわけです。その一言で恐怖を感じ、誰も逃げられなくなってしまうのです。昔も強盗はありましたが、白昼堂々と繁華街の貴金属店を襲撃するとか、そんな事件は頻繁に起こらなかった。無謀ともいえる行動は、指示役からやれと言われて、怖くて仕方なくやっているのです。恐怖心を植え付けられてしまい、やらざるを得ない。だからタチが悪いのです。

匿名性の高いアプリを使う

高野聖玄氏

――お互いの顔を知らないと結束力が弱まってしまいそうなものですが、メリットはあるのでしょうか。

櫻井:構成員がお互いの素性を知らないことが、トクリュウにとってむしろ大きなメリットなのです。三人のうち、万が一、一人でも逃げ出したら残された人がシメられてしまいます。したがって、それぞれが相互に監視役を務めていますから、簡単に抜け出すことができません。さらに、一人が捕まっても、ほかの二人の名前さえ知らないので足がつきにくいし、ましてや指示役や実行役まで何枚もの壁があります。

――暴力団はあらゆる素性が知られています。構成員が仮に犯罪に手を染めただけで、トップまで捜査の手が伸びることがあるのとは対照的です。

櫻井:しかし、トクリュウにも間違いなく上には首謀者がいます。おそらく暴力団が仕切っていると思いますが、匿名性が高く全容がわからないのです。実際、これまでに起こった闇バイトによる犯罪も、せいぜい指示役や実行役までしか捕まえることができませんでした。堅気の人間ばかりを集めているのも、全容がわからないようにするためなのです。

――しかも、連絡手段には匿名性の高いアプリを使っているので、余計に足がつきにくいと。

高野:そういった匿名アプリは、かつては海外から日本に向けたサイバー犯罪グループが主に使っていました。国内でそれを使った犯罪が広がったのはここ数年ですが、その筆頭がトクリュウで、こうしたアプリを末端に指示を出すツールとして使っています。5~6年くらい前に振り込み詐欺や投資詐欺をやっている連中がテレグラムを使いだしたと記憶してます。その後、匿名アプリの機能が増えてきたこともあり、広範囲の犯罪ビジネスに使われるようになりました。今はテレグラムよりシグナルのほうがより足がつきにくく秘匿性の高いアプリだと知られて、広まっているようです。

――最近、Xで著名人などに誹謗中傷を行った人が開示請求される例が出ています。匿名アプリでは開示できないのでしょうか。

高野:そもそも、それらのアプリの運営母体は、プライバシーを理由に情報を開示しないことを謳っています。テレグラムは創業者が逮捕されてから少しは開示されるようになりましたが、それでもよほど大きな事件でなければ開示には応じません。シグナルは、一切データは持っていないというスタンスで、高い秘匿性が担保されているといえるでしょう。

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