『岸辺露伴は動かない 懺悔室』が問いかける「幸せ」と「絶望」――稀代のトリックスター、岸辺露伴が物語を動かすワケ

映画の中盤以降は、オリジナル・ストーリー
ところで、この『岸辺露伴は動かない』シリーズの実写版は――おそらくは尺の問題が大きいのだろう――オリジナルのエピソードが肉付けされるケースが少なくないのだが、とりわけ今回の映画は、かなり大胆な改変が施されているといっていいだろう。
というのは、先にも書いたように、原作での露伴は基本的には「動かない」。あるいは、男の告白を聞いて、あまりの怖さに「動けない」。そのことが、つまり、“あの露伴”が動かない/動けないということが、男の話がいかに恐ろしいものであるかを暗に物語っているし、荒木がいうように、作品に漂う「香り」にもなっているのだ。
だが、映画版での露伴は、好奇心にかられて、思わず「ヘブンズ・ドアー」を水尾に向けて発動させてしまう。このことで露伴は、水尾とその娘・マリアに次々と襲いかかってくる、「幸せ」という名の「呪い」に関わっていくことになり、彼の指にも赤黒い「呪い」の刻印が浮き出てしまう(ちなみに、なぜ「幸せ」が「呪い」なのかというと、マリアが幸せの絶頂を迎えた時に最大の絶望が訪れるという仕組みになっているのだ)。
とはいえ、露伴にかけられた呪いは大したものではなく(何もしなくても、“小さな幸せ”が次々と舞い込んでくるというもの)、たぶん水尾親子との関係を断てば、自然と消えていくたぐいのものだろう。露伴はむしろその怪異を楽しんでいるフシさえあるのだが、やがて「呪い」が露伴の触れてはならない部分に触れてしまった時、彼は動き出す。
岸辺露伴の触れてはならない部分――それは、彼の漫画に対する純粋な想いである。そのことを理解していない「呪い」は、調子に乗って(?)、ヨーロッパ各国で出版されている(あるいは、これから出版される)岸辺露伴作品の単行本を増刷させたり、初版部数を増やしたりする。
当然、露伴はそんな安易な「幸せ」を良しとはしない。なぜなら彼は、これまでも、そして、これからも、誰にも縛られずに、自らの手で道を切り開いていく男だからだ。
“異分子”が物語を面白くする
実は、こうした露伴の型破りなキャラクター(個性)は、「運命」の導きに身を委ねる傾向が強い「ジョジョ」シリーズのヒーローの中では、異質な存在である。
つまり、(たとえば、初代・ジョナサンや、6代目・徐倫のような)歴代の「ジョジョ」たちを構造主義的な運命論者とするならば、既成概念にとらわれず、自らのルールに従って生きる岸辺露伴は、実存主義的なトリックスターといえるのだ。
だから彼は、物語の中の“異分子”となり、誰も予期せぬ方向へ世界を動かすことができる(それが最も現れているのが、有名な「だが断る」の場面だろう)。
映画『岸辺露伴は動かない 懺悔室』についていえば、「呪い」は、露伴の漫画家としての誇りに触れさえしなければ、彼を敵に回すことはなかっただろう。しかし、「運命」は、岸辺露伴という異分子の介入を認めたのだ。
映画の結末については、ぜひ劇場に足を運んでその目で確かめてほしいが、露伴役の高橋一生は、前作(『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』)に続き、今回も難しいキャラクターを見事に演じ切っている。
「幸せ」と「絶望」は受け取る人間しだい
さて、最後に、本作の最大のテーマともいえる「幸せ」と「絶望」について、考えてみたいと思う。
映画の序盤でマリアが、「ペスト医者の仮面」(カラスの頭部を模したような白い仮面)について、「医者のシンボルですけど、当時の人から見たら、むしろ死神に見えたかも」と露伴にいうのだが、「幸せ」と「絶望」の関係もまさにそれと同じで、受け取る人間しだいで、いずれの側にも転じうるものなのだ(たとえば、「A氏の死」は、B氏にとっては悲しみだが、C氏にとっては喜びかもしれない)。

そう、この世界は単純な二項対立では計り知ることはできない。誰かにとっての善は、誰かにとっての悪であり、誰かにとっての幸せは、誰かにとっての絶望なのだ。
そのことを、世界の中心からも周縁からもはみ出している岸辺露伴は知っている。だからこそ、彼の行動は誰も予想できない驚くべきものになり、それゆえ私たちは、岸辺露伴というトリックスターから常に目を離すことができないのではないだろうか。
【写真】映画『岸辺露伴は動かない 懺悔室』高橋一生演じる岸辺露伴
■公開情報
『岸辺露伴は動かない 懺悔室』
全国公開中
出演:高橋一生、飯豊まりえ、玉城ティナ、戸次重幸、大東駿介、井浦新
原作:荒木飛呂彦『岸辺露伴は動かない 懺悔室』(集英社ジャンプ コミックス刊)
監督:渡辺一貴
脚本:小林靖子
音楽:菊地成孔/新音楽制作工房
人物デザイン監修・衣裳デザイン:柘植伊佐夫
製作:『岸辺露伴は動かない 懺悔室』 製作委員会
制作プロダクション: NHKエンタープライズ、P.I.C.S.
配給:アスミック・エース
©2025「岸辺露伴は動かない 懺悔室」製作委員会 © LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社
公式サイト:kishiberohan-movie.asmik-ace.co.jp






















