沖縄戦を生き延びた者の声を記録した著作2冊 戦後80年のいま、担当編集者が思いを語る

戦後80年をむかえる今年、戦争の声を記録した2冊に注目したい。筑摩書房は、2025年5月8日に真尾悦子『新版 いくさ世を生きて―沖縄戦の女たち』(ちくま文庫)を刊行。また、その1年前に刊行した『沖縄戦記鉄の暴風』(ちくま学芸文庫)は重版を5度重ねている。
いずれも沖縄の人々の声を聴き、集め、記録した本だ。『いくさ世を生きて』は、終戦33年後に著者が現地へ赴き、戦後も犠牲になり続けてきた女性たちが語る言葉に耳を傾け、まとめたもの。『鉄の暴風』は、戦時中も発行し続けていた新聞社の記者たちが、当時の状況や生存者の声を克明に記録し、1950年に刊行された。
この2冊を筑摩書房から文庫化したことについて、それぞれの担当編集者が思いを語った。
『新版 いくさ世を生きて―沖縄戦の女たち』担当編集・砂金有美(編集部)

戦後80年の夏にむけて、太平洋戦争にかかわる本を出せないだろうかと文庫編集部として探っていました。
私は祖母に育てられたようなものなのですが、今は亡き育ての親である彼女がみていた景色をもっと知りたいと思うと、「戦争」は避けて通れません。年齢をみれば祖母は著者の真尾さんたちよりも下の世代で幼くはあったものの、同じ時代に生きていた女性たちがなにをどう考えていたのかを垣間見られるかもしれない、と手に取ったうちの一冊がこの『いくさ世を生きて』です。筑摩書房から刊行されたかつての本で「今も読まれてほしい本」があれば発掘していきたい、社内のバトンは繋いでいきたいと常から意識していたこともあり、1986年にちくま文庫(単行本は筑摩書房より1981年刊)として刊行されていた本書の復刊企画を会議にあげました。当時、著者の前でお話しをしてくださった方々にしてみれば、意識の有無にかかわらず「話せない」記憶のほうがずっとずっと多かったはず。真尾さんが当地を訪れたのは沖縄復帰から6年後の1978年、終戦から33年が経ってなお、言葉にできない痛みが無数のかたちであったに違いないと思います。よく話してくれた、と祈るような気持ちでゲラに向かいましたし、残さなければと何度も強く感じました。月並みな表現になってしまうけれども、どうか今こそ読んでほしいと願うばかりです。
『沖縄戦記 鉄の暴風』担当編集・藤岡泰介(製作部部長)

この本を文庫化したのは、戦場体験、戦争体験を直接話してくださる世代の方が少なくなってきたことへの危機感からでした。「語り部の方々の代わりになるものを残さなければいけない」と考えたときに、いちばんふさわしいのがこの本だと思いました。
戦争はあらゆる人びとから尊厳を奪います。非戦闘地域でも、水や食料が不足すれば、それを手に入れようとする側も分ける側も、平常時には見せなかった醜い姿をむき出しにします。ひとたび戦闘に巻き込まれれば、どんな部活の練習もおよばない苦しさ、考えうるもっとも残虐な拷問と等しい苦痛が待ち受けています。
この本の1ページ1ページからは、戦場を逃げ惑う人びとの恐怖の声、身体の一部を爆弾でもぎ取られた人びとの地獄の叫び、正気を保つことのできなくなった人びとの絶叫が聞こえてきます。吐き気をもよおすような血や排泄物、死体の臭いも漂ってきます。亡骸を食い尽くすグロテスクな蛆虫の群れも這い出てきます。
さらにこの本は戦場、戦時下における人びとの苦しみだけではなく、当時の日本の軍が、政治が、何をしたかを、生き残った人々の証言を通し、克明に伝えてくれます。「戦争ができるのが普通の国だ」とおっしゃる方々がいます。しかし戦争はけっして普通ではなく、異常な事態です。ひとたび戦争が始まれば何が起きるのか。そのことをリアルに伝えてくれるこの本はぜったいに後世に残さなければならないと思いました。二度と戦争をしない・させないために。
■書誌情報
『新版 いくさ世(ゆう)を生きて―沖縄戦の女たち』(ちくま文庫)
著者:真尾悦子
発行:筑摩書房
定価:990円(税込)
発売:刊行日:2025年5月8日
『沖縄戦記 鉄の暴風』(ちくま学芸文庫)
著者:沖縄タイムス社
発行:筑摩書房
定価:1,760円(税込)
発売:2024年6月6日
■プロフィール
真尾悦子(ましお・えつこ):1919年、東京生まれ。作家。旧制共立女子専門学校卒業。主な著書に『たった二人の工場から』『土と女』『阿佐ヶ谷貧乏物語』『地底の青春』『海恋い』『沖縄祝い唄』、絵本『お母さんはアダン林でねむってる』(画・こさかしげる)ほか多数。2013年没。
沖縄タイムス社:沖縄本島で地上戦開始後も首里城地下の壕で発行を続けていた「沖縄新報」元社員らが立ち上げた新聞社。創刊は1948年7月1日。米軍政下で抑圧された日々から日本復帰を経て今日に至るまで、沖縄に軸足を置いた報道・論説、文化の継承・創造活動を続けている。























