「イタリア人の僕もびっくり」『まるごとマルタのガイドブック』人気エッセイスト・マッシが読んで後悔したワケ

『まるごとマルタのガイドブック』レビュー

 イタリアの中でも、今注目を集めているのがシチリア島の南に位置するマルタ共和国だ。「地中海の宝石」「猫の島」としても知られるマルタは、旅好きからも高く注目されているヨーロッパ有数のリゾート地である。また、著名タレントの留学先としても知られていて、英語圏の語学留学しても人気のエリアとなっている。

 今回そんなマルタの魅力を収めた、日本でいちばん売れてるガイド本『まるごとマルタのガイドブック』(亜紀書房)が増補新版として再登場。今回、全編アップデートしたガイド本をイタリア人の人気エッセイスト、マッシがレビュー。イタリア人も驚いた、マルタの魅力を解説してもらった。

想像以上に「まるごと」だった『まるごとマルタのガイドブック』

 イタリア人として地中海の文化に育ち、豊かな歴史や芸術、食、自然に囲まれて生きてきた僕にとって、「別の国の地中海」を旅先として選ぶことには少し躊躇があった。イタリア人は、自国の美しさに「誇り」と「自信」を抱いているからだ。

林 花代子 「【増補新版】まるごとマルタのガイドブック」(亜紀書房)

 でも、そんな僕の先入観を心地よく裏切ってくれたのが、今回読んだ『まるごとマルタのガイドブック』(増補新版)である。まるごとマルタのタイトルは想像以上に「まるごと」だった。

イタリア人も驚くもうひとつの地中海世界

 マルタはシチリアの南に浮かぶ小さな島国。その名前は時々ニュースや映画の中で耳にしていたけど、本気で興味を抱いたことはなかった。しかし、このガイドブックを通して知ったマルタは、「似ているのにまったく違う」もうひとつの地中海世界だった。

 まず驚かされたのは、歴史の層の深さと密度だ。イタリアと同じように、マルタにもフェニキア人やローマ人、アラブ人、ノルマン人、騎士団、ナポレオン、そしてイギリスという、多くの支配者の痕跡が残る。でも、その面積はローマの市内ほどしかない。この狭い土地に、これほどまでの歴史が詰まっているとは思わなかった。特にヴァレッタの街は、要塞としての重厚さを保ちつつも、ヨーロッパ文化とイスラム建築の融合を感じさせる独自の雰囲気を持っている。まるでミニチュアのヨーロッパの歴史を歩いているかのような感覚だ。このガイドブックを手で持つだけでマルタの旅が始まる。というか、マルタ現地に飛ばされているようで、今までなぜ行かなかったのか後悔している。

「そこに生きる人々の目線」で書かれた紙面に漂う生活感

 この本が優れているのは、そうした歴史や文化を単なる観光ガイドとしてではなく、「そこに生きる人々の目線で」書いている点だ。カフェで紅茶を飲むおじいさんの写真や、漁師の朝の風景、若者が英語を学ぶ語学学校の紹介など、日常の場面が旅人の想像をかき立てる。これらはイタリアの町にも似たような場面があるけど、どこか空気感が違う。たとえば、イタリアではエスプレッソだけど、マルタではティータイムが日常。ラテン的なおしゃべり好き文化は共通していても、そのテンポや言葉遣いに微妙な違いがある。このような比較が自然に浮かぶのも、このガイドブックが生きた視点で書かれているからだ。この本からマルタの新発見やワクワク感が山ほど見つけられて、イタリア出身で日本に住んでいる僕は「世界って広いなぁ」と改めて考えさせられた。

 また、食文化の紹介も非常に魅力的。オリーブオイルやトマト、魚介などイタリア人にもなじみ深い食材をベースにしながら、イギリスの支配を受けた影響で生まれた「パスティッツィ」やスコーンなどが入り混じっている独特な料理文化は、まさにハイブリッド・キッチンだ。イタリア人がイタリア各地で異なる郷土料理を楽しむように、マルタでも「発見する楽しみ」があるのだと感じさせられる。ユニークな食文化と地元人とのコミュニケーション、深い歴史などが詰まっているこの小さな島は、自分にピッタリなライフスタイルをきっと見つけられる国なのだろう。

「マルタで暮らす」情報充実

 さらに、この本の後半には観光にとどまらない「暮らすマルタ」の情報が充実していたのも印象深い。英語留学や移住、ビザ取得、現地での働き方まで、これほど具体的な情報を得られるガイドブックは多くない。実際、イタリアでも若者の間で英語留学やデジタルノマドという生き方に注目が集まっている。マルタはその候補地として、距離も近く、物価も比較的安く、欧州内で比較的安全な環境を持つ理想的な場所かもしれない。

 また、イタリア人や日本人など、英語以外を母語とする人にとって、マルタの人々が話す柔らかい英語は学びやすいと感じられるだろう。イタリアの若者はここで語学力を磨き、国際的なキャリアを築くきっかけにしていることもあるようだ。イタリア人との交流もやりやすくて、「マルタ滞在中にはマルタにいるかイタリアにいるか、途中からわからなくなる」という話を何回も聞いたことがある。イタリア人にとっても、きっと日本人にとっても、マルタに行くメリットはたくさんあると改めて気がついた。

 観光から一歩踏み込んで「生きる場所」としてマルタを見せてくれるこのガイドブックは、とても現代的で実用性のある一冊である。スマホを使わずにこのガイドブックだけを使えば、まるで冒険の旅が始まりそうだ。

僕にとっての「次なる目的地」が決定!

 読み終えたとき、僕はふとGoogle Mapsを開いていた。「マルタ ホテル」「ヴァレッタ レストラン」などと検索している自分がいた。僕の心には「他人事」としてのマルタはなく、「次の旅先候補」としてのマルタが確かに存在していた。たった一冊の本が、地中海の向こう岸にあるこの小さな国を、僕にとっての「次なる目的地」に変えてくれたのだ。マルタは、イタリア人もどこか懐かしく感じられる場所なのかもしれない。

 この『まるごとマルタのガイドブック』は、旅を夢見るすべての人にも贈りたい一冊である。

 みなさん、このガイドブックを持ってマルタに冒険しに行こう!

書籍情報

林花代子『【増補新版】まるごとマルタのガイドブック』

著者:林 花代子
価格:2,200円(税込)
発売日:2025年2月21日
判型:A5判変型
製本:並製
頁数:180頁
ISBN:978-4-7505-1864-0

マッシ・プロフィール

本名「マッシミリアーノ スガイ」。1983年イタリア北部ピエモンテ州、カザーレ・モンフェッラート生まれ。トリノ大学院文学部日本語学科修士課程。2007年に日本に移住し日伊逐次通訳者として活動する。通訳者としての本業の傍ら、書くことや言葉についての興味や理解を深めたいと思い、自然な形でライターとしても活動を始める。2018年に合同会社G.I.Liberaを設立。2019年8月はnoteアカウントも作成し、Twitterを含めて日本全国に話題に。現在、OCEANSやweb LEONなどの連載やエッセイ執筆から企画、コピーライティングまで行うなど幅広く活動中。

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