『少女革命ウテナ』幾原邦彦監督が語る、寺山修司の普遍的な魅力「アウトローの考え方や哲学を見事に表現している」

幾原邦彦が語る、寺山修司の影響
『世界の涯てを生きるあなたへ 寺山修司詩集』(双葉社)

 アニメーション監督として『少女革命ウテナ』『輪るピングドラム』など数多くの話題作を世に送り出してきた幾原邦彦氏。

 幼い頃から寺山修司の詩に感銘を受けてきたという幾原氏が案内人となり、人生という旅に寄り添うテーマごとに詩を選び、読者へのメッセージを書き下ろした『世界の涯てを生きるあなたへ 寺山修司詩集』(双葉社/刊)が12月17日に刊行された。表紙は『クズの本懐』『【推しの子】』などで知られる漫画家の横槍メンゴ氏が手掛けている。

 2025年は寺山の生誕90周年という節目の年だったが、今なお熱烈なファンが多く、何より詩の内容がまったく古びていないことに驚嘆させられる。むしろ、「迷える人々が多い令和の時代にこそ、寺山の詩は響くのではないか」と幾原氏は話す。監督を務めたアニメにも寺山の影響を受けているという幾原氏に、作品の奥深い味わい方を聞いた。

寺山修司の詩と出合って人生が変わった

――幾原さんが初めて出合った寺山さんの詩は、何でしょうか。

幾原:僕らの世代なら、子どもの頃に絶対に聞くであろう『あしたのジョー』の主題歌の歌詞ですね。後から寺山さんの作詞だったと知り、驚いた記憶があります。あの詩を読むと、寺山さんらしい余白があります。特に、「ルルル……」というフレーズがそうですね。

 寺山さんの存在を意識したのは、舞台や映画に関心が芽生えた高校生になったときです。寺山さんは当時からテレビによく出ていました。あと、僕は少女漫画が好きだったのですが、寺山さんが雑誌によく少女漫画のレビューを書いていたのも印象に残っています。

――寺山さんの詩のどんなところに引き込まれましたか。

幾原:寺山さんの詩や短歌は、読むと映像や絵が浮かぶものが多いところでしょうか。あと、大学1年生のときに見た舞台「レミング」にも強い衝撃を受けました。寺山さんのイメージが大きく変わりましたね。

 作家などの文化人と聞くと、どこか学術的できれいなイメージがあると思います。ところが、寺山さんの舞台には少し猥雑なイメージがある。そういう舞台は、当時としては珍しかったんですよ。

 あと、僕の大学の先生は粟津潔さん(注:戦後日本を代表するグラフィックデザイナー。寺山の舞台美術やポスターのデザインも務める)でした。粟津さんは寺山さんの映画の美術をやっていたこともあって、授業で現場の雰囲気が感じられ、より強く意識するようになりました。

――粟津さんとの出会いは大きかったのですね。

幾原:寺山さんが、粟津さんのようなアーティストと協力しながら、作品作りをしていることがわかりました。そして、粟津さんの美術も決して一人で作っているわけではないのだと。モノづくりについて考えるうえで大きな気づきがありましたね。

――アニメも様々な人と一緒に作り上げる点では、舞台と共通していますね。寺山さんと粟津さんの影響が、幾原さんがアニメの道に進む動機になったのでしょうか。

幾原:大学生の頃は将来のことなんて何も考えていませんでしたし、自分はこの先、どうなるのかなと思っていました。けれども、今のキャリアになって改めて考えたら、僕の心のなかには寺山さんや粟津さんがいたんだなと思っています。

――マルチアーティスト的な面も、幾原さんと寺山さんの共通点だと思います。

幾原:そういうところも含めて、僕は寺山さんが好きだったんだなと思います。好きだったという感情は、一番わかりやすいかもしれない。ほかよりも優れているとかではなく、好きだったと。好きという感情は、理屈ではないですからね。

寺山さんから受けた衝撃を追体験したい

――今回の詩集に収録された寺山さんの詩のなかで、特に心に残っているものを挙げていただけますか。

幾原:まず、有名な詩ですが、「ひとり」です。あおいとり、あかいとり、わたりどり、こまどり、むくどり……と鳥の名前をあげていき、最後に「でも ぼくがいつまでも わすれられないのは ひとり という名のとりです」と結んでいます。

 寺山さんはしばしば言葉遊び的なダジャレを使うのですが、この詩にはクスッとする部分とシニカルな部分が共存していると思う。そういった点は『あしたのジョー』の歌詞に通じるものがありますし、寺山さんらしいですね。

 あとは、「誇りあるなら」でしょうか。「NO2の生きる道は 二つしかない それはNO1を倒して その座にすわることか 野に下って 自分が支配できる 別の場所を開拓することである」という言葉から、僕自身、大きなインスピレーションを受けました。

――アウトローという言葉は、まさに寺山さんの象徴ですよね。

幾原:この詩は「誇りあるなら」はアウトローの美意識は言うまでもなく、アウトローの考え方や哲学を見事に表現していると感じます。まさに寺山さんの生き方、人生そのものが表れているのではないでしょうか。

 僕は、アウトローの生き方を寺山さんの詩から学びました。この場所を去らなければいけない、一人で生きていくためにはどうすればいいのか、傷ついたときにはどうするか……というテーマですね。

 寺山さんは詩のなかで家出のことを書いたりするのですが、そういうテーマを取り上げることからも、アウトローに対する強い思いを感じます。

――幾原さんも子どもの頃に家出するなど、迷っていた時期があったそうですね。

幾原:それは寺山さんの影響ではなくて、純粋に子どもの頃によくある出来事の一つだと思いますけれどね(笑)。

 子どもの頃は親と言い争いになって、「出て行け!」と言われるじゃないですか。僕もそう言われたので、素直に出ていった感じです。もっとも、最近は昔ほど家出をする人はいないのかもしれませんが。

――幾原さんが監督を務めた『少女革命ウテナ』で曲を担当したJ・A・シーザーさんも、寺山さんが見出した方ですよね。少女漫画的な作風のアニメとシーザーさんの曲は異色の組み合わせで、アニメファンの間でも話題になりました。

幾原:当時は様々な意見がありましたが、シーザーさんの起用は自分のなかで特にこだわった点です。異質なもの同士、絶対に同居しないもの同士を組み合わせるところは、寺山イズム的なものの影響かもしれません。

 自分が寺山さんのディテールを再現しているとは思いませんが、若い頃に寺山さんから受けた衝撃を追体験したいというか、若い人にも何かそういう驚きを与えたいという思いは、根底にあるのかもしれませんね。

混迷した時代だからこそ響くものがある

――今回の詩集では、「愛」「勉強」「母」などのテーマを設定し、それに合った詩を幾原さんが選んでいます。

幾原:僕と寺山さんの趣味が被るテーマをピックアップして、章立てにしました。寺山さんもこういうテーマを気にしていたんじゃないか、というものを集めた感じですね。

 テーマごとに僕のコメントを入れています。これは、読者のみなさんと寺山さんの橋渡し的な文章があってもいいんじゃないかな、と思ったためです。詩を読み解く手助けにもなるでしょうから。

――寺山さんの詩に対して、幾原さんは「呼吸を忘れた人間には、効く」「冷え切って傷んだ心にそっと貼る、詩のカイロ」と表現しています。混迷している令和の時代だからこそ、響くものがあると思います。

幾原:まさにそのような構成にしたかったし、今の時代を生きる若い人に向けた詩集を作りたかったというのはありますね。

 若い人たちはおそらく、寺山さんの詩を文学的なものとして感じるのではないかと思いますが、その感覚をもう少し、漫画っぽいものに近づけたかった。寺山さんも漫画が好きだったし、若い人に向けて創作していましたからね。

――読んでみると寺山さんの詩はまったく古くないし、普遍性もあります。

幾原:言葉のチョイスが面白いのと、ドキッとするような残酷さがあるからでしょうか。普通の人だと描写するのを避けがちな残酷な言葉が含まれているうえ、その残酷さが、今まさに自分が生きているんだということを感じさせてくれます。

 また、アウトローは、いつか自分が敗者になるかもしれないと絶えず意識しながら生きているわけでしょう。若い人に寺山さんの詩が届くとするならば、そういう残酷さの部分かもしれません。

――残酷さをストレートに表現してくれる人は少なくなりましたし、新鮮かもしれません。

幾原:今はSNSなどで、かつてないほど短文の文字があふれています。そういう流れていく言葉たちとはちょっと違うものだと思います。残酷な部分が、自分にとってどういう意味があるのか。自分の現在地を指示してくれる“地図”のようなものとして、寺山さんの言葉は輝いています。

――“地図”は、この詩集のテーマです。幾原さんも、「寺山修司の言葉は、僕の地図だった」と言っています。

幾原:今の時代、みんな不安を抱えて生きていると思います。僕らが若い頃に感じていた不安とは、おそらく少し種類が違うとは思っています。というのも、今の時代は、先人たちが作ってくれた道や、敷いてくれたレールが使えなくなっているからです。

 言ってしまえば、世界の涯ての崖っぷちに立っている心境ではないでしょうか。誰も導いてくれない世界なのに、生き方は自分で考えないといけない。そんなときに、寺山さんのアウトローとしての言葉は、自分の生き方や在り様を見つけるヒントになると思います。

人生の岐路に立つときの指針になる

――今回の詩集は、漫画家の横槍メンゴさんの表紙絵も目を引きますね。横槍さんにお願いした理由はなんでしょうか。

幾原:寺山さんは漫画好きだったので、先ほどもお話したように、文学的なものよりもカジュアルに見える詩集にしたいと考えました。

 横槍さんの漫画は、現代の少女をシニカルに切り取った作品が多いという印象があります。横槍さんの漫画はちょっと変わっていますよね。1990年代っぽい世界観のなかで、女の子の寂しさなどを丁寧に描いています。

 世界の涯てにたたずむ若い人のイメージが横槍さんの絵と合うと思い、お願いしたところ、引き受けていただけました。僕は横槍さんの短編を結構読んでいますが、そのディテールが寺山さんと近いし、親和性が強いと思っています。

――本の装丁も凝っています。ページをめくると、本文がピンクなのも印象的です。

幾原:これは寺山さんが過去に出版した本に対するオマージュですし、横槍さんの絵からもヒントを得ています。この絵に合う本文の色はなんだろうと、編集さんと相談してピンク色にしました。

――詩集をどんな方に届けたいと思っていますか。

幾原:若い人たちが人生の岐路に立つときの指針として、寺山さんの言葉を届けたいと思います。僕は寺山さんの言葉から、寂しくてもいいんだと励まされました。寺山さんの存在そのものが、自分のなかで生き方のモデルになった気がしますね。

――幾原さんの今後の活動にも、注目が集まっています。

幾原:自分がいろいろなことをやりたがるのも、寺山さんの影響かもしれません。僕はこれからも、チャンスを与えていただければなんでもやっていきたいと思っています。

■書誌情報
『世界の涯てを生きるあなたへ 寺山修司詩集』
著者:寺山修司、幾原邦彦
価格:1,870円
発売日:2025年12月17日
出版社:双葉社

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