千街晶之のミステリ新旧対比書評・第7回 エラリイ・クイーン『最後の女』×斜線堂有紀『コールミー・バイ・ノーネーム』

千街晶之のミステリ新旧対比書評第7回

 

  フレデリック・ダネイとマンフレッド・B・リーという従兄弟同士の合作コンビであるエラリイ・クイーンは、日本の「新本格」の作家たちにも多大な影響を与えたアメリカの巨星だ。デビュー作『ローマ帽子の謎』(角川文庫ほか)に始まる「国名シリーズ」や、日本で海外ミステリのベストテンが選ばれる時の上位常連作品である『Yの悲劇』(創元推理文庫ほか)等々、ミステリ史に残る輝かしい傑作を数多く発表したクイーンだが、今回紹介する『最後の女』(青田勝訳、ハヤカワ・ミステリ文庫)は、やや埋もれたような位置づけの作品である。刊行年は1970年。執筆担当のリーは翌1971年にこの世を去っており、『最後の女』はこのコンビの最後から2番目の長篇にあたる。

■「名前当て」ミステリの秀作

  クイーンは1942年の長篇『災厄の町』(ハヤカワ・ミステリ文庫)以降の幾つかの作品で、作者と同名の名探偵エラリイ・クイーン(以下、混乱を避けるため作者はクイーン、探偵はエラリイと記す)を、ニューイングランド地方の架空の町ライツヴィルで活躍させているが、『最後の女』は、エラリイの大学時代の旧友で富豪のジョニー・ベネディクトが、この町に別荘を持っていたという設定になっている。ニューヨークの空港でジョニーと偶然再会したエラリイと父親リチャード・クイーン警視は、誘われるままにその別荘を訪れた。だが、ジョニーは別れた3人の元妻たちをその別荘に呼んで、自分が死んだ時は彼女たちに100万ドルずつ払うという以前の約束を取り消し、明日新しい遺言状を作ると宣告する。当然ながら元妻たちは憤慨するが、その夜、ジョニーは何者かに殺害される。絶命する直前、彼はエラリイに電話である言葉を伝えていた。

  クイーンの作品にしては忘れられがちなのも道理で、事件の真相は発表当時はともかく、現在の読者にとってはさほど意外でも衝撃的でもないだろう。真犯人の正体を示す手掛かりも、少々露骨すぎる印象だ。とはいえ、この作品には注目すべき点がある。

   ジョニーの遺言状は、彼が結婚する予定だったローラという女性について言及していたが、関係者は誰もそんな名前の女性に心当たりがない。ところが終盤、エラリイはローラの姓についてある仮説を披露する。誰もローラの姓を知らないのに、エラリイはどうして推察できたのか? その推理には、ジョニーがエラリイに電話で伝えたダイイング・メッセージが関係している。そこに籠められた、絶命直前のジョニーの脳裏で繰り広げられたあまりにも異様な思考径路から、エラリイはローラの姓を逆算することが可能だったのだ。そこに到達するまでのロジックは極めてアクロバティックでインパクトが強く、その意味で『最後の女』は、「名前当て」ミステリの秀作として再評価が可能だとも言える。

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