【本屋大賞2025受賞】阿部暁子が明かす『カフネ』執筆の背景「人が人を思う姿を描きたいと強く思いました」

薫子の不妊治療
阿部:不妊治療に関する薫子の心情は、自分の体験からきています。治療をしていてあまりにきつい時期があったので、もう、書いたれ! みたいな気持ちになってしまって薫子にきつい設定を背負わせてしまった部分があります。
我が子が生まれて
阿部:『カフネ』の刊行直後に生まれました。入院している間に担当さんからメールがきて、ベッドにいてスマホで返信したりしていました。いまだに自分が子どもを生んでよかったのか、やっぱり親のエゴだとしか思えない人間なので、生んだからには彼が宇宙飛行士になりたいといっても全力で応援せねばならないと思っています。
弟が亡くなり両親ともうまくいかないという重い設定
阿部:今読み返すと、この小説を書いている時期は閉塞感があって悲観的になっていました。コロナ禍に続きウクライナで戦争が起きたのもつらくて、世界がどんどん大変なことになって、子どもを能動的に生もうとするのはいいことなのかとか、悶々と考えていました。でも、大変な思いをしても物語のなかで小さい光を見出せるなら、息苦しい現実でも光を見出せる可能性があるということではないか、そうあってほしいと願い、書きました。当時の自分の心情が小説に大きく影響したと思います。
作中のユーモア
阿部:いいか悪いかわからないですけど、重くてつらいことを書いていると笑いをとりたくなるんです。油ぎったものを食べてもらうから、間にレモンシャーベットを入れておこうみたいな感じ。話が暗くなってくると、漫才を始めるようなところがあります。
改稿の苦労
阿部:書く段階と直す段階が自分のなかではっきりしていて、書く段階ではある程度感情に任せていいという風にしています。書いた後にプロデューサー的に見返してダメ、ダメ、ダメと削っていきます。『カフネ』では薫子とせつな、主要人物2人が関係を築いていって、最後の方で薫子がせつなにある提案をするんですが、最初の原稿だと心理を描くより提案の形の方が前面に出ていて、自分でもモヤモヤしていました。だから、編集さんから「もう一度整理した方がいいかも」といってもらってよかったと思いました。そこを最後の最後までしぶとく直して今の形になったので。望んだ100%のまま読む人に受けとってもらうのは不可能ですが、自分がこんな話だと思い描いたものに近いものができた気がします。
作中のセンシティブな要素について
阿部:『カフネ』に限らないですが、小説を書くうえでなるべく人を傷つけないということは、いつも気をつけています。せめて頭から決めつけない、物事にはいろいろな面があるはずだと忘れずに書きたい。マイノリティといっていい性的指向を持つ人物も登場しますが、マイノリティをとりあげたいというよりは、介護している人もいれば双子の育児で疲弊する人もいる。なにかと多様性といわれる世のなかだけど、いわれるだけにいいづらくなっている感じもあって、この世界のいろいろな人たちを並べて書きたかったんです。
登場人物の書き方
阿部:人はつきあって知ることが増えるたびに印象が変わっていくと考えているので、せつなも春彦(薫子の弟)も最初は正面しか見えていなかったものが、斜めもサイドもバックも見えてくるようになる書き方を、最初からしようとしていました。書くうちに最初想定した以上に人物像が変わったのは、公隆(薫子の元夫)です。公隆が薫子に離婚を切り出した理由をはじめは細かく書いていませんでした。それで、なんか存在感が薄いなと思って掘り下げて書きこんだら今の形になりました。
小説のテーマ選びで心がけていること
阿部:ふだん生きているなかでいいなと思う瞬間があって、そういうときめきをテーマに選びます。『カフネ』の場合は、NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』が好きで、あんこ職人がワゴン車に乗って和菓子店へ行くのを見たんです。それでときめいて、さすらいの料理人と人生にくじけた41歳が一緒に車に乗ってという話を考えつきました。テーマをこれだと決めた時には、読む人はたくさんの事情を抱えているから、なかには読んで自分の身近すぎて傷つく人がいるかもしれない。だから調べられることは調べたい、自覚的に書いていきたいと心がけています。
『カフネ』というタイトル
阿部:ポルトガル語で、愛しい人の髪に指をからめるしぐさを意味しています。日本語に訳すのが難しい世界の言葉を集めた本を誕生日プレゼントにもらって、そこに載っていました。素敵な言葉だと思って、いつかタイトルに使えたらいいなと心のなかにストックしていました。薫子とせつなの関係とか『カフネ』の物語を象徴する言葉を考えた時、この言葉がしっくりきたのでタイトルにしました。
今後について
阿部:研鑽を積めていない状態なので、まずは次の本を出せるようにしたい。本屋大賞受賞作の次作として読まれるでしょうから、期待に応えられるよう頑張りたいです。あと、『カフネ』のスピンオフの短編を鋭意執筆中です。
■阿部暁子(あべ・あきこ)
岩手県花巻市出身、在住。2008年『屋上ボーイズ』(応募時タイトルは「いつまでも」)で第17回ロマン大賞を受賞しデビュー。著書に『どこよりも遠い場所にいる君へ』『また君と出会う未来のために』『パラ・スター〈Side 百花〉』『パラ・スター〈Side 宝良〉』『金環日蝕』『カラフル』などがある。本作『カフネ』で第8回未来屋小説大賞、第1回あの本、読みました?大賞、2025年本屋大賞を受賞。
■書誌情報
『カフネ』
著者:阿部暁子
定価:1870円(税込)
発売日:2024年5月20日
ISBN978-4-06-535026-3





















