【本屋大賞2025受賞】阿部暁子が明かす『カフネ』執筆の背景「人が人を思う姿を描きたいと強く思いました」

阿部暁子が明かす『カフネ』執筆の背景

 『カフネ』で第22回本屋大賞を受賞した阿部暁子のオンライン取材会が催された。同作は、離婚の痛みを引きずるなか、弟を突然亡くした野宮薫子が、弟の元恋人・小野寺せつなと会うところから始まる。せつなが料理、薫子が掃除を担当し家事代行サービスの活動をともに行うことで、ギクシャクしていた2人の関係はやがて変わっていく。(取材・構成:円堂都司昭)

本屋大賞ノミネートから受賞へ

阿部:ノミネートの時は、近所の書店さんをぶらぶらしていて、ふとスマホを見たら編集者さんからLINEに「今電話大丈夫ですか」と入っていたんです。なんか炎上でもしたのかと思って、急いで家に帰り汗だくなまま電話で知らせを聞いたので、心が追いついていませんでした。受賞の時もデジャビュみたいにLINEがあってからお電話して。小説では信じられない出来事が起きると「頭が真っ白」とよく書いてきましたけど、実際は真っ白というより思考がうまく動かなくなるんだな、なるほど、と考えたのを覚えています。

受賞の感想

阿部:書店員さんは読者さんの代表だと思うんです。文学者が選ぶのではなく、読者さんの代表が選んでくれたというのが、書き手にとってはこの上ない喜びですね。すごい賞をいただいたと少しずつ実感がわいてきて嬉しいのですが、自分が『カフネ』を書いたのは1年以上前。1年経った自分はどうなのかと、今はすごく考えています。

物語の構想の始まり

阿部:『小説現代』の以前の編集長さんから疑似家族ものの小説を提案され、考えていたんです。その後に担当になった方から死んだ男性の姉と彼の元恋人の話はどうだろうといわれ、そんな2人にはすごくドラマの情報が詰まっていると思いました。小説の冒頭になった薫子とせつながカフェでやりあう情景がバーッと浮かんで、書けそうな気がして着手しました。冒頭が浮かんだのとセットで、結末のシーンも浮かんだんです。私はいつも冒頭と最後が浮かばないとなかなか書けないんですが、見えたので書きますといいました。

 ただ、ラストまで決まっているがゆえに、どうしても最初は作為的に話を進めてしまう。で、第一稿をあげて、第二稿から心の動きを整理し始め、ちょっとずつ直していく。私は『ガラスの仮面』というマンガが好きなんですが、仏像を彫るのではなく、木のなかにいる仏を彫りあてるんだという話が出てきます。それと似ていて、本来あるべき姿を探していくんです。

作品に対するコロナ禍の影響

阿部:最初は、人生にくじけた41歳でバツイチの薫子と、さすらいのクールな料理人のせつなが食材をかつぎ、古いワゴンで依頼者のもとへ渡っていく面白いロードムービー風になる予定でした。でも、コロナ禍になって職場に行けないとか、雇い止めにあう人がどんどん出て、生活が崩れていくのを見て、自分も胸が痛くなるし、明日が心配になりました。生活の急変を目のあたりにして、身近な生活を描く話に変わっていきました。

 子ども食堂閉鎖のニュースは、胸が痛かったです。私の近所でも閉鎖されて、全国で同じことが起きたんですけど、子ども食堂のスタッフたちが、お弁当を作って必要とする家庭に届ける活動を始めたという報道を見ました。私は、作品になにか思いをこめることはあまりないというか、できればそうしたくない気持ちで書いているんですが、今回は書く途中で生きることが大変になる人たち、そのなかで動いている人たちの姿を見て、人が人を思う姿を描きたいと強く思いました。

家事代行サービスの無料チケットという設定

阿部:自分で家事代行を申しこむサービスだと、たとえ無料でも利用しない人がいるだろうと思ったんです。その際、家事代行を利用する常連さんが、ほかの誰かにあげられる無料チケットをもらったら、自分からはいわないけど実際は困っている人に届くかもしれないと考え、この設定になりました。

岩手在住でありながら東京の八王子を舞台にした理由

阿部:物語の舞台を考えた時、ああ、あそこねと思ってもらえる人が多めの場所にしたかった。ただ、東京でも23区だとお洒落すぎてわからない。私は以前、車椅子テニスの小説(『パラ・スター』)を書いた時、取材で八王子に足を踏み入れていたので親しみがあったんです。

食べ物というテーマ

阿部:さすらいの料理人という設定だった時には小洒落た料理を作る予定でしたけど、コロナ禍を経て身近なご飯を描きたいと考えが変わりました。私たちがふだん食べるのは、冷蔵庫の残り物を集めた炒め物とか、名前のついていないようなご飯だったりする。それを読んで素敵、いいなと思ってもらえるように書きたいと思いました。

食べ物に救われた体験

阿部:私はデビューしてからしばらく売れなかったんです。売れないと本を出すのも難しくなるし、焦りすぎたのかオリジナルの話が書けなくなった時期がありまして、今思い出しても苦しくなる時期でした。その時、家族に外食へ連れていってもらって、熱々のハンバーグ食べたら元気が出ちゃった。元気を出したくはないけど出ちゃったという体験がありました。それは、薫子がせつなの料理を食べて、状況は相変わらずどん底なのになんか元気が出ちゃったという感覚につながっています。

登場する料理について(作中では出来たてだけでなく訪問家庭に多くの作り置き料理が提供される)

阿部:料理の内容より先に、家事代行の訪問先がどんなお宅なのかから考えました。例えば、介護をしているお宅だったら、免疫力が下がっている人のための料理を作るだろうと考えて、冷蔵庫になにがあるかなど、その人が作ってもらって一番助かるメニューを探しました。双子の育児をするお宅については、自分が締切に追われている時、サンドイッチがすごく助かることから発想しました。いろんな味がいっぱい入っているクラブハウスサンドが大好きで、ああいう美味しいものを作りたてで大皿に出してもらえたら、パッと食べられるし嬉しいでしょうし。

 私は料理が不得意なので、例えばアジフライなら自分では作らず、近所のスーパーで買ってきます。でも、食いしん坊なので美味しく食べたい。だからフライパンで火を通したり、オーブントースターで温めたり、どっちがサクサクになるか試した経験があります。作り置き料理の美味しい食べ方の説明には、そうしたことが反映されています。

せつなが繰り返し作る卵味噌

阿部:物語の仕掛けとしてキーになる料理、せつなのバックボーンにつながっていて話の展開にかかわる料理が一つ欲しいと思いました。それもなにか特別な食材ではなく、身近なものでできる簡単な料理がいいと思って、味噌と卵ならたいていのお宅にあるだろうし、卵味噌にしました。最初、さすらいの料理人を想定した時は、古いイタリアンレストランの先代が残した過去のレシピに一味加えた輝ける一皿とか考えていたんですけど。

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