『こち亀』両さんの性格はなぜ丸くなった? 時代にあわせて変化した、少年たちの「リアルタイムの物語」

「こち亀」こと、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』。言わずと知れた秋本治による国民的ギャグ漫画だが、今月22日(土)、“聖地・亀有”にて、「こち亀記念館」がオープン予定であり、あらためて同作への関心が高まっている。
『こちら葛飾区亀有公園前派出所』は、1976年、「週刊少年ジャンプ」にて連載開始。破天荒な警官・両津勘吉とその仲間たちが繰り広げるドタバタ喜劇は、「人気が下がればすぐに打ち切られる」といわれている「週刊少年ジャンプ」で、なんと40年にもわたり連載、しかもその間、一度の休載もなかったというから驚きだ。そこで本稿では、あらためてこの作品の魅力について考えてみたいと思う。
連載開始時の『こち亀』のどこが新しかったのか
まず注目すべきは、同作が、劇画調の絵でギャグを描いた先駆的な作品の1つだったということだろうか。そう、いまでこそ「リアルな絵×笑い」という組み合わせは、ギャグ漫画のスタイルの1つとして定着したともいえるのだが、「こち亀」連載開始時には、あまりその種の作品はなかったのである(ゆえに、多くの読者にとって、インパクトがあったのだ)。
むろん、「劇画でギャグ」という点では、先行作である山上たつひこの『がきデカ』(1974年連載開始)の存在を忘れてはならないだろう。というよりも、コアなファンの方々はご存じだと思うが、『こち亀』の連載初期、秋本は「山止たつひこ」というペンネームを用いており、明らかに山上(と『がきデカ』)の作風を意識していたはずなのである(のちに山上サイドからクレームが入り、「山止」名義は封印された)。
とはいえ、同じようなスタイルで同じ“規格外の警官”を描きながら、「作家性」の部分では両者は大きく異なっていたと見え、しだいに『こち亀』は、人情話や趣味性・情報性の高いエピソードが増えていき、やがて秋本治にしか描くことのできない独自のスタイルが確立されていく。
いつの時代の“少年”たちにとっても「リアルタイムの物語」
ちなみに、『こち亀』が広い世代の人々に読まれた理由の1つとして、「1話完結」(毎回読切)という連載形式の妙が挙げられるだろう。
周知のように、80年代以降の「少年ジャンプ」は、毎回ストーリーを盛り上げられるだけ盛り上げて、さらに強い「引き」で次号へつないでいくバトル漫画が主流になっていったわけだが、そういう構造の作品は、実は、物語がかなり進んだ段階からは、新規の読者を取り込みにくいというデメリットがある。そんななか、『こち亀』は、「両さん」というキャラさえ大まかに把握していれば、いつ読んでも、あるいは、どこから読んでもすんなり作品世界に入っていける、という強みがあったのだ。
だからこそ、いつの時代の“少年”たちにとっても、『こち亀』は「リアルタイムの作品」であり続けられたのではないだろうか。もちろん、いまも昔も、少年誌で連載されるギャグ漫画は1話完結が基本だ、という指摘もあるだろう。しかし、総じて「人気があっても短命に終わる場合が多い」といわれているギャグ漫画を、40年ものあいだ休むことなく週刊ペースで描き続けた秋本のアイデア力は、尋常なものではないと私は思う。






















