【新連載】千街晶之のミステリ新旧対比書評 第1回 若竹七海『スクランブル』×浅倉秋成『六人の嘘つきな大学生』

■作者が仕掛けた巧妙なミスディレクション

  この『スクランブル』と似た、ただしもっと凝ったことをやっているのが、浅倉秋成の『六人の嘘つきな大学生』である。2021年に刊行され、2024年には映画化された。

  2011年、波多野祥吾・嶌衣織・九賀蒼汰・袴田亮・矢代つばさ・森久保公彦という6人の大学生は、日本最高峰のIT企業「スピラリンクス」の最終面接まで残っていた。1カ月後のグループディスカッションの結果次第では全員の内定もあり得ると言われた6人はそれぞれの長所を活かし、協力し合って対策を練っていた。そんなところに、グループディスカッションでの採用枠を1人に変更するという非情な告知が突然来る。そして当日、グループディスカッションが行われる会議室にあった封筒のうち1つを開封したところ、そこには参加者のうち1人が過去に犯した重い罪を告発する紙が入っていた。どうやら、6つの封筒には6人全員の知られたくない秘密が封じられているらしい。参加者たちは最初はスピラリンクスの仕業ではとも疑ったが、よく考えれば会社側にそんなことをするメリットはない。ならば、6人のうち誰かが、他の5人を貶め、自分が内定を獲得するために企んだことだろうか。残りの封筒を開けるべきか否か、6人それぞれの思惑が衝突する。

  早い段階(角川文庫版で58ページ)で明らかになることなのでここに書いてもいいだろうが、この小説は2011年の出来事を描くパートの随所に、2019年時点から関係者たちが過去を振り返る証言が挟み込まれた構成となっている。その現在パートでは、証言者たちは封筒を用意した「犯人」をみな知っている様子で、また、彼らに取材をしているのが、ただ1人グループディスカッションを勝ち残った「内定者」であることも窺える。

  過去パートに挟み込まれる証言者が1人ずつ「犯人」候補から脱落してゆく構成なので、話がストレートに進行すれば、最後まで残った2人のうち1人が「犯人」、もう1人が「内定者」になる筈だ。しかし、物語はそう単純には着地しない。構成に組み込んだ消去法自体を逆手に取ったという意味では、『スクランブル』より更に凝ったことをしているとも言える。浅倉秋成が『六人の嘘つきな大学生』を執筆した時点で『スクランブル』を読んでいたかどうかは不明だが、主要登場人物が6人という点は奇しくも共通している。

  ただし『スクランブル』と『六人の嘘つきな大学生』の共通点はそれだけではない。両作品では、ともに作中で死者が出ている(変死か自然死かはともかくとして)。生き残った者たちは、青春の日々を振り返る時にその死者の影を意識せざるを得ない。若い頃の彼らには果たして何が見えていなかったのか、歳を重ねたからこそ見えてきた真実とは何なのか。過去から蘇ってきた謎を現在において解明するという作業は、無念の思いを抱えたまま生を断たれた死者への弔いであり、同時に生き残った彼ら自身の青春にけりをつける行為でもあるのかも知れない。青春パートと大人パートの二段構えにしたことにより、作者が仕掛けたミスディレクションがより効果的なものとなった名作ミステリとして、両作品とも語り継がれることだろう。

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