杉江松恋の新鋭作家ハンティング 日本絵画の伝統を見事に咀嚼した芸術小説『あの日の風を描く』
愛野史香『あの日の風を描く』(角川春樹事務所)最大の驚きは巻末にあった。
ネタばらしをするわけではないのだが、驚きの正体をあっさり書いてしまうともったいないので、最後まで取っておくことにする。もったいぶって申し訳ない。
『あの日の風を描く』は第16回角川春樹小説賞に輝いた、作者のデビュー作である。帯には「選考委員満場一致の大激賞」とあるが、煽りだと思ってあまり気にしなかった。新人の作品は、だいたい褒める。気になったのは装丁である。カバーの手触りがいいのだ。つるつるとしたコート紙ではなく、ざらりとした感触である。昔はよく見たが、最近では珍しくなった。おそらく通常よりもコストはかかるだろうに、一新人のデビュー作に使うだろうか。よほど期待をかけていることの現れではないか。そんなことを考えていたら、いつの間にか本を手に取っていた。よし、『あの日の風を描く』への期待、見極めてやろう。
主人公の稲葉真は、京都にある美大を休学中である。左京区の京楽造形芸術大学、とあるのは現在の京都芸術大学、元の京都造形芸術大学がモデルだろう。そこの油画科に在籍していたのだが、あることが理由で挫折を味わい大学に行けなくなってしまった。休学期間は二年目に入り、そろそろ見極めをつけなければならなくなっている。復学するか、退学か。
そんな真に従兄の奥村凛太郎が声をかけてきた。凛太郎は国宝や文化財の修復を行う奥村美術研究所で彩色師として働いている。その従兄が手伝いをしろと言って連れ出された先は、案に相違して京楽造形芸術大学のキャンパス、ただし真とは違う学科、文化財保存修復専攻の保存修復日本画研究室であった。平たく言えば保存修復を主する学科の日本画選考で、凛太郎の恩師である人見奎教授が在任の教官である。
人見教授は、ある旧家が蔵していた襖絵の修復を受託していた。作者は平野雪香という女性だという。江戸時代初期の狩野派を代表する狩野探幽には久隅守景という弟子がいたが、その娘が清原雪信、さらにその娘という設定である。修復することになった襖絵は十二面から成る花鳥図だったが、経年劣化と汚損のため、現在は九面しか残っていない。真が手伝うことになったのはその想定復元模写、つまり作者の意図を推理してもともとのあるべき十二面を完成させることである。修士二年の土師俊介、同一年の蔡麗華と共に真はこの課題に取り組む。
物語を最初に牽引するのは謎の要素である。薄汚れて、破損まである襖絵を人見教授がそこまで評価する理由が、初め三人にはわからない。人見に見えているものが彼らには見えていないので、ある限られた時間の中でそれを捕まえなければならない。作者である平野雪香の心を覗き、彼女の手が作り上げたものをなぞって、さらにその先へ行くのである。
いくつかの発見があって、作業は少しずつ前に進んでいく。だが復元の世界は厳しい。「自分の経験や現代の物差しで考え出した答えが、過去の考えと合致するとは限らない」からであり、思い込みが最大の敵となることもある。昨日までの自分を絶えず疑うことが明日への一歩を刻むことになる。復元の作業は真にとっての、過去の払拭と人生のやり直しの隠喩になっている。
読者に謎の呈示で関心を抱かせ、その解消で少しずつ事態は展開し、人間ドラマが挿入されることで新たな可能性を提示されていくというパターンを使って物語は進んでいく。まったくストレスを感じないのだが、欲を言えば、稲葉真の現在がざっと説明される冒頭のみが少し重い。これには理由があって、真が休学した原因を最初に書いておく必要があるからである。彼は高校の同級生とバンドを組んでいた。真の肩書きはPainter、つまり演奏に合わせてライブ・ペインティングをするという役割である。大学を休学したのもその活動に専念するためだったが、バンドがメジャーデビューした際に彼だけがメンバーから外された。そのことによって絵を描くことに価値を見出せなくなってしまったのである。