【連載】嵯峨景子のライト文芸新刊レビュー 和風ファンタジーからシェア型書店の物語まで、注目の新刊をピックアップ

【連載】嵯峨景子のライト文芸新刊レビュー

野村美月『ものがたり洋菓子店 月と私 さんどめの告白』(ポプラ文庫)

 『“文学少女”』シリーズなどで知られる野村美月が贈る、人気洋菓子店「月と私」を舞台にしたスイーツ×ヒューマンドラマ。続々と重版中のシリーズ3巻は、製菓業界の一大商機であるバレンタインデーを中心に、イベントを彩るスイーツの数々と、多彩な恋模様を綴る。

 住宅街にたたずむ「月と私」は、腕利きのパティシエ・糖花が手掛けるスイーツが並ぶ洋菓子店。お店に足を踏み入れた客を迎えるのが、ストーリーテラーを名乗る美形の男・カタリベだ。燕尾服に身を包み、商品の説明やお菓子にまつわる“物語”を語るストーリーテラーの言葉と極上のスイーツは、悩みを抱えた客の心をやさしく解きほぐしていくのである。

 3巻では、カタリベの元カノを名乗る女性が登場。両思いながら、なかなか距離が縮まらない糖花とカタリベの間に不穏な影が落ちるが、果たして元カノの本心は――? 作中にはバレンタインらしく、さまざまな恋の話が登場し、そこにうっとりとするようなスイーツ描写と、魔法のようなカタリベの言葉が絡む。ストーリーには夏目漱石の『硝子戸の中』も深く関わるなど、野村らしい文学要素も見逃せない。ストーリーテラーが聞かせる味わい深い物語と、五感を刺激する絶品スイーツが織りなす極上のハーモニーを召し上がれ!

佐鳥理『書棚の本と猫日和』(ことのは文庫)

 近年、利用者が書棚を借りて棚主になり、自分がセレクトした書籍を販売する「シェア型書店」が大きな注目を集めている。本作は、新宿の片隅で営業するシェア型書店「フレール」を舞台に、本との出会いや一冊の本がつなぐ人々の縁、そしてさまざまな悩みを抱えた人の姿を描くビブリオ小説だ。

 お客として、あるいは棚主として、多種多様なバックグラウンドを持つ人がフレールを訪れる。仕事に追われて自分を見失いつつある美容師や、就職活動で苦戦中の大学生、フレールの売上ナンバーワンの棚主で本のレビュアーとしても人気が高いバーテンダーに、自作に自信を持てないアマチュアの小説家……。物語は連作短編形式で進み、小さな棚からどんどんと人の縁が広がり、群像劇として厚みを増していく。個人的に一番心を惹かれたのが、岡山市に暮らす老婦人を主人公に、親子三代のすれ違いや、シェア型本棚をきっかけに好転する日常や親子の関係を描く「ケの日、ハレの日」だった。

 本作は猫小説としても読みどころがあり、臆病な看板猫をはじめ、作中に登場する猫の描写にも癒やされる。誰かの想いを乗せた本が、様々なきっかけで人の手に渡り、思いがけない場所まで広がっていく。あたたかな眼差しと筆致に誘われて、読者はシェア型本棚に足を運びたくなるだろう。

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