大垣書店、好調の要因は? 常連客の経営評論家・坂口孝則が分析ーー読書家から信頼される取り組みとは
■業績を伸ばす大垣書店の店作り
連日のように、書店の危機が騒がれている。地方はもとより都心の大型書店やチェーンの書店も相次いで閉店するなど、書店を取り巻く情勢は厳しさを増している印象を受ける。
そんななか、苦しいと言われる書店業界の中で、業績を伸ばしているのが1942年創業の老舗書店チェーン「大垣書店」である。京都に本店をおく大垣書店は、書店員の裁量に任せた売り場づくりや地域密着の品ぞろえでじわじわとファンを増やしている。そのこだわりは読書家からも支持を集めているのだ。
大垣書店を愛し、熱心に通うと話すのが経営評論家の坂口孝則氏である。坂口氏は仕事上でも本を買うことが多く、月の書籍代が多い時で約30万円に達するという無類の読書家だ。大垣書店はいったい、他の書店と何が違うのか。利用者目線も交えつつ、大垣書店が行っているこだわりの店作りについて分析していただいた。
■若い世代は新しい本も古い本も等しく扱う
――京都を中心に関西で展開している大垣書店が、このたび東京でも話題のスポット「麻布台ヒルズ」にもオープンして人気を得ています。書店が苦しんでいる中で、増収になっている点も見逃せません。
坂口:麻布台ヒルズの大垣書店に入ったとき、書店員に質問したのです。普通は入口付近に置くはずの雑誌コーナーを、なぜ目立たない奥に置いているのかと。書店員曰く「書店なので雑誌は置いてはいるけれど、あくまでもお客さんのニーズを満たした結果」だというのです。なるほど、大垣書店は、地元密着でニーズを自分たちで作っていこうとしているのだなと、強い意思を感じました。
――いわゆる売れ筋の雑誌を言われるがまま店頭に置いてある書店とは一線を画しているわけですね。
坂口:私はコンサルティングが専門ですが、映画論、音楽論に興味があります。この分野の本もなかなかの品ぞろえでしたし、並べ方もうまいと思いました。少し話が逸れますが、私はこれまでに本を38冊出していて、小学生と中学生の息子がいます。私は職業病、本を手に取った時にいつ出た本で何刷なのだろうと奥付を見ますが、中学生の息子は「奥付を見るなんて理解不能だ」と言うのです。
――いったいなぜでしょうか。
坂口:YouTubeでは新しかろうが古かろうが、偉い人であろうとなかろうと、平等に並んでいるからだそうです。元長野県知事で作家の田中康夫さんは、岩波文庫とルイ・ヴィトンが等価であると言っていましたが、それと同じようなことをまさか息子から聞くとは思いませんでした。出版関係者は新刊を売りたいし、それを店頭の目立つ位置に並べたいという思いがあります。私の息子からすれば、それは何の意味もないくだらないことだと。
――問題は内容の良し悪しであり、新しい本でも古い本でも関係ないというわけですね。
坂口:息子が言うように、現代人にとっては新しい本も古い本もフラットな存在です。それなのに、ほとんどの書店は何の思想もなく、取次から届いた本をただ並べて、売れ残ったら返本しているだけ。だから返本率が30%くらいになっていることもあるでしょう。私が大垣書店を褒めたいのは、書店員が本好きであると同時に、お客さん好きでもある点。新刊も既刊もお客さんのニーズに沿ったものを並べている。まさに、“超”本屋です。もっとも、この“超”は、既存の書店と比較した場合、むしろ“反”の方がニュアンスは近いのかもしれませんが(笑)。
■大垣書店は家族連れにも優しい
――息子さんの指摘は鋭いですね。書店員の意識改革が必要です。
坂口:あと、息子曰く「なんとか新書とかも関係ないよね」と。書店には岩波新書とか中央新書とか、出版社のレーベルごとに並んでいるけれど、息子からすれば、その陳列こそ書店のくだらないこだわりだろうと。現代人はYouTubeなどの動画と同じ感覚で本を見ているのです。大垣書店もある程度、文庫本はレーベルごとに並べているのですが、他のコーナーはミックスしています。本の判型とか、出版社ごとの分類とか、既成概念をぶっ飛ばした陳列ができるかどうかに書店の未来があると思いました。
――他にも、大垣書店の特徴的な部分はありますか。
坂口:すごいなと思ったのが、デートや家族連れの層を狙っていること。これは面白いと思いました。子どもを抱えながら本を選ぶのは大変じゃないですか。ところが、大垣書店は本を平置きにしているところが高いのです。これなら、お父さんが子どもを抱きかかえていても見やすいし、感心しました。たまたまかもしれないけれど、もし書店員の誰かが考えてこういう並べ方をしているのだとしたら、凄いこだわりです。
――細やかな気配りにも、大垣書店のホスピタリティと利用者目線の店作りを感じます。
坂口:品ぞろえがしっかりしているし、お客さんのほうを向いていることからも、とにかく書店員が本好きだとわかるんです。出版社や取次視点ではなく、お客さん視点で本を紹介できているのがいいなと思います。あと、本をインテリア化しているのは凄い発想だなと。本のインテリア化には怒る人が多いけれど、上手くやれば人を集める手段として有効だと思います。
■閉塞感を打破するのは狂ったアルゴリズム
――Amazonやネット書店が進化しているなかで、いわゆる一般的な書店が対抗する術はあるのでしょうか。
坂口:Amazonのアルゴリズムは進化していますし、正直、リアルな書店は勝ち筋が見えません。ただ、これを打破するのは狂ったアルゴリズムだと思うのです。例えば、書店では似たジャンルの本ごとに陳列していますよね。これを異分野、すなわち意外な本を結び付けてみたら、面白いと思うのです。例えば、『成瀬は天下を取りにいく』の裏にビールの本を置いてみて、まったく違う分野同士のリンクを作ってみるとかね。
――それは面白いですし、読書家の好奇心を刺激しそうですね。
坂口:あと、渋谷のスクランブル交差点にある「TSUTAYA」も面白い。下の息子がポケモンカードのバトルをしに行くのでよく利用しますが、2~3階に行ったら、旅行客やインバウンドの人たちがずっとスクランブル交差点の写真を撮っていたのです。こんなに空間を開放してTSUTAYAに何の得になるんだろうと考えていたら、どうやらここでは本の売上よりも、店頭に商品を置いて販促を行う広告費で利益を得ているようだと気付きました。
――あのTSUTAYAは、店の内外ともに人の流れが絶えませんからね。
坂口:推測ですが、大垣書店も商品広告の利益が大きいのではないでしょうか。人々を惹きつけるマグネット商品として本を使い、それに吸い上げられている人に違うものを宣伝し、その費用を徴収しているのではないかと。本の粗利益は平均20%、返品率30%ほどですから、本だけでは安定的な利益を出すのは難しいんですよ。