【連載】速水健朗のこれはニュースではない:超大物同士の原作改変事件、インプットとアウトプットのずれ

超大物同士の原作改変事件

 ライター・編集者の速水健朗が時事ネタ、本、映画、音楽について語る人気ポッドキャスト番組『速水健朗のこれはニュースではない』との連動企画として最新回の話題をコラムとしてお届け。

 第7回は、入力用インターフェースの話から、スタンリー・キューブリックの映画『2001年宇宙の旅』や、『シャイニング』の原作改変事件について。

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電話が発明されたのと同時にマイクの歴史も始まる

 ポッドキャストの録音の機材を入れ替えた。秋葉原のラジオ会館にあるトモカ電機でゼンハイザーのダイナミックマイクを購入。これまでのUSBのコンデンサーマイクで、拡散指向のもの、つまり複数人数で録音できるタイプ。今度はアナログマイクをオーディオインターフェース経由でMacに接続する。1人でしゃべるのだから指向性が狭い方がいい。そして、部屋の外のノイズを拾いにくくなる。

 マイクのことをひととおり調べている内に歴史が気になってくる。1870年代に電話が発明されたのと同時にマイクの歴史も始まる。音声を電気信号化する装置がマイクロフォン。電話の入力用インターフェースがマイクである。ちなみにこの時期は、いろいろなテクノロジーの勃興機である。大まかには、自動車とジャズと映画とレコードの誕生が19世紀の末に一気に登場する。タイプライターの登場もこの時期のこと。

 南北戦争で使用された楽器が出回りジャズになったように、戦争が終わり商売がなくなった銃器メーカーがタイプライターの量産を手がけた。アメリカにとっては、南北戦争はあらゆる契機になっている。日本の明治維新とほぼ同じ時期のこと。南北戦争が1861~1865年。明治維新は1868年でほぼ同時期のこと。

キューブリックが落胆したエリック・ノイスのスケッチ

『2001年宇宙の旅』

 話は変わるが、スタンリー・キューブリックの映画『2001年宇宙の旅』には、HAL9000というコンピューター、または自ら学習する能力を持つ汎用型AIが登場する。コンピューターと言ってもキーボードもディスプレーも搭載していない。HALのインターフェース(入出力のためのデバイス装置)をどう描くかは、映画の中でも重要な意味を持つ部分だった。

 ちなみにキーボードやディスプレーがないのは、30数年後の未来の装置を描くからということよりも、まだそれらがなじみのあるインターフェースとして定着する以前の時代だったからだろう。当時の入出力デバイスの標準は、穴あき式のパンチカード、またはオンオフを識別するプラグの穴の抜き差し式である。これらのデバイスから、キーボード&ディスプレーが標準的な装備に移り変わったのはいつか。明確な時期を確定するのは難しいが、おおよそ1970~73年頃の間だと思う。つまり映画のタイミングは、その直前に当たっているのだ。

 当時のコンピューターにキーボードがないのは、文章を打ってコンピューターに読ませるなんてまどろっこしいと思われていたからである。機械には機械用の言語(二進数)を読ませなければならない。そして、大型計算機の使い道はあくまで計算である。それ以外に使うのは、もったいないという認識である。そして、これを扱う人たちは、完全に専門のエンジニアに限られていた。

 ちなみにIBM製キーボードは、1963年の時点ではオプションとして発売されていた。といってもこれはテレックス用。つまり電信、電報に使っていたものを、コンピューターにも接続できるようにしたのだ。あくまでサブの入力機器という扱いである。

 『2001年宇宙の旅』にはIBMのインダストリアルデザイナーのエリック・ノイスが参加していた。彼は、HAL9000のインターフェースを設計する要員だった。そのキャスティングの意図は、彼が設計したIBMのセレクトリックタイプライターが未来的なデザインで、そのミッドセンチュリーモダン風のスタイルが、『2001年宇宙の旅』の映画全体のルックにふさわしいと思われたのだろう。ただし、エリック・ノイスが映画用に作成したスケッチにキューブリックは落胆する。それは、何もない部屋に人が浮かんでいるというイメージが描かれたものだった。人がコンピューターの前に立ってそれを操作するという時代は、早晩古くなるだろうとエリック・ノイスは予測したのだ。コンピューターの中「ブレインルーム」に人は入り込み、意識を使って操作する。それがエリック・ノイスが考えた未来のコンピューティング。

 キューブリックのイメージしたHALは、知能を持ち、やがて恐怖心を獲得し、反乱を起こし、乗務員たちを次々と殺していく機械である。観客がそれを怖いと思うだけの"役者"でなくてはならない。漠然とした白い部屋だとそれは描きようがない。だから彼は落胆したのだ。

 30年後の未来予測として、エリック・ノイスが本気で考えすぎたのだ。人が手で入力したりする未来なんて、テクノロジー的には逆行である。だが、現実のコンピューターは、その逆行を果たす。タイプライター由来、つまりその当時ですら100年前のテクノロジーが、メインの入力デバイスに定着する。映画のHAL音声入出力タイプ。そっちの方が未来風だった。ただ外観は赤くて丸いランプ一個だけ。機械が異常を発するときのもっとも単純な記号、警報ランプがHAL9000の外観だった。エリック・ノイスのアイデアは、HAL9000が「デイジー」を歌う中、ボーマン船長が基盤を一枚一枚剥がしていく場面で使われている。あそこは、外部記憶装置の置かれた部屋ではなく、コンピューターの体内、「ブレインルーム」のアイデアが活きた場面だ。

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