『文學界』編集長・浅井茉莉子インタビュー「文芸誌が生き残っていけるかは、たぶんこの5年10年くらいが正念場」

『文學界』編集長・浅井茉莉子インタビュー

作家とのつきあい方や、ゲラになにを書くかに正解はない

――「文學界」に異動して、実際に純文学の編集者になってみてどうでしたか。

浅井:エンタメの編集者としても半人前だったので、純文学作家の方と小説についてどうやりとりできるのかは未知数というか、自分にできるのかなと不安でした。でもなってみてからは、基本的に変わらない。小説を読んで感想を言い、必要があるなら作品をブラッシュアップする伴走をするのは同じですね。ただ、文芸誌では、新人の作品を一挙掲載するので、とことん作品をよくしていこうとするプロセスを体験できるのが面白さだと感じました。それがよい結果につながる時と、何回も書き直していただき、こちらも力をこめてやっているのに作品としてどこかが満たされない時もある。難しいものです。

――編集者として作家とどうつきあうべきか、先輩から教えが伝わっていたりしますか。

浅井:基本的にはそういうものはなかったです。異動が激しいゆえの風通しのよさがある半面、その種のことがシステムとして構築されていない。でもそれはシステム化できないものでもあるんですよね。「別冊文藝春秋」では、先輩が面倒見のいい方たちでいろいろ教えてもらいましたけど、結局、作家とのつきあい方や、ゲラになにを書くかに正解はない。いろいろな通り道があるので、自分で見つけなければいけない。

  その大変さは、「文學界」にきても感じました。作家の方々はひとくくりにできないわけですし。昔は先輩が書きこんだゲラを夜中に勝手に見たり、先輩が作家の方に話す感想を同席している時に聞いて学んだり、そういう事例を貯めていくしかないと理解しました。

――ご自身がゲラに書きこむ時、どういう傾向があると思いますか。

浅井:私の書きこみは、こんなこと言うのも恥ずかしいのですが、わかりにくい気がします。編集者にあるまじきことですけど、言語化するのが苦手。でも、小説のここがうまくいっていない、こうしたらいいのではないかと考えて、作家の方に伝えるしかないなと、途中からは諦めているというより、作家の方を信用して伝えるようにしています。編集者と作家、作品の相性もあるでしょうし。好き嫌いを超えて作品をよくしていくことには正解がないので、未だに試行錯誤しています。賞の下読みをしても読み方はみんな違うので、それはいいことですよね。

――浅井さんというと、いずれも芥川賞を受賞した又吉直樹『火花』と村田沙耶香『コンビニ人間』を担当した編集者としてまず知られているわけですが……。

浅井:あの2作は商業的にヒットしたので、そういっていただくのはありがたいのですが、又吉さんも村田さんも素晴らしい作品を書かれる方なので、ご一緒できたのは本当に運がよかったと思います。

――2作以外で印象に残っている担当作品は。

浅井:印象に残っているものは色々あるのですが、文學界に戻ってきてからは、綿矢りささんと金原ひとみさんにご連載いただいているのが、同世代の編集者としては嬉しいです。あと、鈴木涼美さんに10年越しに小説を書いていただけたことでしょうか。

――作家でない方でもこの人なら小説を書けるかもしれないと、見通す能力に長けている。

浅井:そんなことはないと思います。作家ではない方が小説を書かれることは、昔から珍しいことでもないですし。そこに「文學界」とか文藝春秋という名前の影響ももしかしたらあるのかもしれないですし、あとはたまたまその場にいあわせるタイミングのよさがあるのかもしれません。

――「文學界」の前任編集長・丹羽健介さんにインタビューした時、編集部員をビートルズに喩えて、浅井さんはポール・マッカートニーだとおっしゃっていたんですよ。(参考:「文學界」編集長・丹羽健介が語る、実験場としての雑誌 「文芸誌は絶えず変わっていく文学の最前線」

浅井:そんな恐れ多い喩えを(笑)。自分については、ずっと飛び道具感があると思っていたので、編集長になるとは考えていなかったんです。例えば、私が「文學界」で担当してきた特集は、「笑ってはいけない?」、「声と文学」、「無駄を生きる」などちょっと角度がついたものが多い。異動が激しいので、その時の編集長の方針にしたがって雑誌が微妙に変わっていくんです。以前の特集は編集長がほぼ決めていましたが、丹羽になってから編集部員の担当制になって、その人が特集の1号を任される方式に変わった。担当するとプチ編集長みたいな感じで、それくらいの立場がちょうどよかったんですけど……。

――プチもなにも、もう編集長になったんですから。

浅井:編集長になる前は、第二文藝部というエンタメの単行本の部署に移っていて、コロナ禍だったので夜も出歩けないし、このままでいいのかという気持ちもあったんですけど、辞令が出て「文學界」に戻ってきました。でも歴代編集長をみると、私が飛びぬけて若いというわけではなくて、これも何か縁かなと。というよりも、会社員ですしね(笑)。

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