少年漫画の王道でありながら“型破り”な面白さーー『薩摩転生~世に万葉の丸十字が咲くなり~』レビュー

少年漫画の王道でありながら“型破り”な面白さーー『薩摩転生~世に万葉の丸十字が咲くなり~』レビュー

 いささか唐突ではあるが、少年漫画に欠かせないものとはいったいなんだろうか。魅力的なキャラクターか、独創的なヴィジュアルか、あるいは、誰の心にも響く、普遍的なテーマか。むろん、そのいずれもが重要だろう。だが、私は、細かいことなどは一切気にせずに、ただひたすら“面白いもの”を描こうという作者の強いパッションこそが、少年漫画に欠かせない最大の要素なのだと思っている。

 先ごろ単行本の第1巻が刊行された、内富拓地の『薩摩転生~世に万葉の丸十字が咲くなり~』(原案・ほうこうおんち)には、間違いなくそれがある。

第1話から怒濤のクライマックス

 物語の始まりは1586年――九州統一戦争のさなか、島津義久率いる島津軍は豊臣軍に追いつめられていた。と、その時である。激しい火山の噴火とともに、義久とその弟たち(義弘、歳久、家久)を含む島津軍は、突然、約1300年前の中東の荒れ地に「転生」してしまう(注・ネタバレになるため詳しくは書けないが、厳密にいえば、彼らが巻き込まれた現象は「転生」ではない)。

 一方、その地では、プロブス将軍率いるローマ帝国軍が北東アフリカに向かって南下中であり、いきなり遭遇した両軍は、互いを“敵”と見なし、激突する。果たして、勝つのは「戦国最強」の島津軍か、あるいは、「伝説の英雄」率いるローマ軍か。

 ちなみに、これは、あくまでも同作の第1話の冒頭部分の展開である。

 そう、内富拓地は、(通常、連載漫画の第1話ではなるべく丁寧に描くべきだとされている)物語の世界観や主要キャラの説明は可能な限り省いて、いきなりバトル漫画のクライマックスシーンへと読者をいざなうのだ。

 これは、“教科書通り”の物語しか描けないような漫画家には、なかなかできない芸当だろう。

型を知っているからこそできる“型破り”

 いや、この書き方は少々誤解を招いてしまうかもしれない。私は別に、内富拓地という漫画家のことを、“基本”ができていない、といっているのではない。むしろ彼は、少年漫画の型を知り尽くしたうえで、“型破り”な漫画を描いているのだ(何しろ彼はあの藤田和日郎の愛弟子の1人である。少年漫画の基本は、じゅうぶん叩き込まれているといっていいだろう)。そして、その型破りなやり方が、滅法面白いのだ。

 また、主要キャラの「島津四兄弟」――とりわけ、本作の事実上の主人公である四男・家久のキャラがいい。「この地でもっと強い奴と出会って戦って、(中略)いつか最強の武人になりたい!」という彼のアティチュードは、前述のような型破りな作劇とは裏腹に、まさに少年漫画のヒーローの王道である。

 いずれにせよ、遥か昔の異国の大戦国時代に「転生」した島津軍の闘いは、まだまだ始まったばかりである(さらにいえば、第1巻の最後は、ものすごく気になる“引き”で終わっている)。同じ島津家の武将が異世界で闘うという展開をはじめ、平野耕太『ドリフターズ』とのいくつかの類似点が指摘されている作品ではあるが(それをいわれるのは百も承知で、作者はこの連載を始めているだろう)、個人的には、2024年前半はこの漫画を推していきたい。「死に様こそが生き様よ」という熱き薩摩隼人たちの「斬りグルイ」から、今後も目が離せそうにない。

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