森泉岳土の本格ミステリ・コミック『佐々々奈々の究明』が面白い 新たな“安楽椅子探偵”の誕生
かの名探偵シャーロック・ホームズとワトスン博士の例を挙げるまでもなく、古今東西、ミステリの名作にはたいてい魅力的なコンビが登場するものだ。
先月単行本が刊行された森泉岳土の『佐々々奈々の究明』(上・下/小学館)もまた、そんな“名コンビ”が活躍する本格ミステリ・コミックである。
主人公は、大学生の佐々々流々(さささ・るる)と、その姉でミステリ作家の奈々(なな)。あるとき、ふたりの叔父である八木沼和巳が急逝し、流々は、彼が生前暮らしていた山荘(八木沼荘)を訪れる。そして、ふとした拍子に、8年前に失踪した叔母・アヴィーのことを思い出すのだった。
果たして、叔母は本当に失踪したのか、あるいは――。
八木沼荘のある長野の山奥で流々は、失われた記憶を取り戻すため、独自の調査を開始する。やがて姉の奈々が「究明」することになるその事件が、「取りかえしのつかない結末」に辿り着くとも知らずに……。
新たなアームチェア・ディテクティブの誕生
なお、この物語のほとんどの場面では、流々と奈々は離ればなれの場所におり、主人公のひとり――“探偵役”である姉の奈々は、なかなか東京の自宅から出ようとはしない(八木沼荘周辺の「現場」の様子は、スマホを通して妹から聞いている)。
通常、このようなタイプの探偵を、「アームチェア・ディテクティブ」(安楽椅子探偵)という。文字通り、安楽椅子に腰を下ろしているかのごとく、常に室内におり、外部から入ってくる情報のみを頼りに推理をおこなう探偵のことだが、その先がけはバロネス・オルツィの小説『隅の老人』の主人公だといわれている(異論もある)。
ちなみにこの観点からいえば、本作の主人公ふたりは、最初にたとえたホームズとワトスンのコンビではなく、どちらかといえば、「リンカーン・ライム」シリーズ(ジェフリー・ディーヴァー作)に出てくる、リンカーン・ライムとアメリア・ドナヒーなどの方が近いということになる。