森泉岳土の本格ミステリ・コミック『佐々々奈々の究明』が面白い 新たな“安楽椅子探偵”の誕生
トリッキーな描線がキャラを立てる
さて、ミステリ作品の内容をこと細かに書くのは御法度だろうから、ここで話題を「絵」に移すことにする。
もともと森泉岳土は、キャラクターや背景の主線(おもせん)を引く際、「下絵の輪郭線を水のついた筆でなぞり、そこに墨を落とす」という極めてトリッキーな技法を用いており(細かい部分については、ペンの代わりに爪楊枝や割り箸を使っているようだ)、その、美しくも掠(かす)れて滲んだ線は、あたかも熟練の彫師が彫った木版画のそれのようだ。
むろん、本作でも同じ技法が用いられているのだが、なぜ、一見面倒でしかないこのような描き方(試しに私もやってみたのだが、素人にはとても真似のできる芸当ではなかった……)に森泉がこだわり続けているのかといえば、それはおそらく、自分ではコントロールしきれない水の動きが、想像を超えた自由な“かたち”を紙の上に生み出してくれるからだろう。
そしてその、あらかじめ決められている法則から逃れようとする水の力は、何かにつけて型にはめようとしてくる世間に抗い、自らを貫き通している佐々々奈々の姿を思わせなくもない。彼女はいう――「わたしはわたし。ほかの誰でもない。(中略)安易に人を束にするな」
なお、作中に出てくるナレーションによると、「八木沼荘事件は、ミステリ作家・佐々々奈々が解決したはじめての現実の事件だった」とのこと。“続編”に期待したい。