漫画文化の発信基地へ 山下和美、笹生那実ら大御所漫画家の保存運動が結実 「旧尾崎テオドラ邸」開館決定

■世田谷区最古級の洋館「旧尾崎テオドラ邸」

2月8日には「旧尾崎テオドラ邸」でメディア向けの内覧会が開催され、中心メンバーの山下、笹生をはじめ、多数の漫画家が参加した。左から三田紀房、高橋のぼる、高橋留美子、山下和美、笹生那実、新田たつお、福本伸行の各氏。

  小田急線の豪徳寺駅の近くに建つ世田谷区最古級の洋館「旧尾崎テオドラ邸」が、長年の改修を経て3月1日にオープンする。一時は取り壊しの危機に瀕していた洋館だが、豪徳寺に縁が深く、『天才柳沢教授の生活』などの代表作をもつ漫画家・山下和美と、『薔薇はシュラバで生まれる』の漫画家・笹生那実が中心となって保存運動を展開。カフェやギャラリーを備える施設に生まれ変わった。漫画家による建築の保存・活用を行う取り組みとして、注目のプロジェクトである。

「旧尾崎テオドラ邸」は豪徳寺の裏手に立つ洋館。現在でこそ東京屈指の住宅街である世田谷だが、移築された当時はまだ牧歌的な風景が広がる農村地帯だった。当時、この洋館が周囲からも目を引く存在だったことは想像に難くない。

 「旧尾崎テオドラ邸」は、明治21年(1888)、男爵・尾崎三良が娘の英国人・テオドラのために、東京都心の港区麻布に建てたとされる洋館である。テオドラはのちに、“憲政の神様”と呼ばれた政治家・尾崎行雄の妻となった。その後、洋館は昭和8年(1933)に現在地に移築され、英文学者の所有となった。関東大震災や第二次世界大戦の戦災で多くの建築が焼失した東京では、明治時代の木造の洋館は極めて少なく、文化財的な価値も極めて高い。

窓枠をアルミサッシにせず、旧来の上げ下げ窓でしっかり残したのは山下のこだわりだ。実は、建築基準法の問題から窓が改変されてしまう例がよくある。窓を変えてしまうと洋館の雰囲気が一気に変わってしまい、微妙になってしまうことが多いのだが、そうした細部への思い入れの強さは山下ならでは。

■漫画家の熱意で保存が実現

山下が保存運動の経緯をまとめた漫画『世田谷イチ古い洋館の家主になる』。全3巻。古建築の保存運動に関心がある人も必見の内容。

 山下は一連の保存運動の経緯をエッセイ漫画『世田谷イチ古い洋館の家主になる』にまとめている。一度は取り壊しが決まった洋館を取得し、保存するまでには、資金面の問題もそうだが、不動産会社や行政とのやり取り、そして建築基準法の問題など様々な壁があった。トラブルも連発した。しかし、途中で笹生那実・新田たつお夫妻という強力なパートナーが登場。『ドラゴン桜』の三田紀房や、『うる星やつら』の高橋留美子など、漫画家仲間が次々に出資を申し出て、「旧尾崎テオドラ邸」は残った。

  記者はこれまで何件もの建築の保存運動を取材してきた。しかし、日本で古建築を残すのは困難を伴う。著名人が呼びかけを行っても取り壊されてしまう例が実際には多い。「旧尾崎テオドラ邸」の場合、土地の資産価値も高い世田谷区豪徳寺に建っていることもあって、残すハードルは極めて高いものだった。しかも令和2年(2020)から始まったコロナ騒動で建築資材が高騰し、改修に充てる資金確保の面でも困難が多かった。今回こうして保存・再生がなされたのは奇跡的と言っていいだろう。

喫茶室。この空間は非常にいい。専属のパティシエが作るケーキやスコーンを味わえる。優雅にアフタヌーンティーを楽しみ、写真を撮ればかなりインスタ映えしそうだ。

 三田によれば、実際、資金面で投資家にも声をかける構想も一時、あったらしい。しかし、そうではなく、最終的には賛同する漫画家同士でお金を出し合い、クラウドファンディングを実施するなどして保存に取り組んだ。これが結果的に良かったと、記者は考える。中に入るテナントの選定からショップで扱うグッズまで、洋館の雰囲気に合ったものにすべく山下たちがこだわり抜いたという。そのため、建築的な価値を残しつつ、まるで少女漫画の舞台に登場するような雰囲気の洋館になっている。

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