江戸川乱歩、なぜ現代でも読み継がれる? 書評ライター・立花もも、多様な二次創作を生む原作の凄さを考察

書評家・千街晶之が読み解く乱歩の魅力

■2024年、生誕130周年を迎える江戸川乱歩

 今年2024年10月、生誕130周年を迎える江戸川乱歩。少年探偵団に怪人二十面相、名探偵明智小五郎など、作品を読んだことはなくても、キャラクター名を耳にしたことのある人は多いだろう。その理由は、江戸川乱歩作品が多種多様に翻案されていることにもある。

  たとえば小説なら歌野晶午『Dの殺人事件、まことに恐ろしきは』や三津田信三『犯罪乱歩幻想』。西島秀俊主演で舞台を現代に置き換えドラマ化された『名探偵・明智小五郎』(2019年)や、中学生を主人公に乱歩作品のさまざまな事件を解決していくアニメ『乱歩奇譚 Game of Laplace』(2015年)など、挙げ始めればキリがない。さらに昨年末には、明治11年に創業し140年以上の歴史をほこる春陽堂書店から、春陽堂コミックス・RAMPOシリーズの刊行が開始された。

(左)江戸川乱歩/原案、熊谷杯人/画『偉大なる夢 1』(中)江戸川乱歩/原作、竹内一郎/脚本、吉田光彦/画『陰獣』(右)江戸川乱歩/原案、上野顕太郎/脚本、山田一喜/画『目羅博士の不思議な犯罪』

  第一弾として刊行されたのは『陰獣』(脚本/竹内一郎、マンガ/吉田光彦)、『偉大なる夢①』(マンガ/熊谷杯人)、『目羅博士の不思議な犯罪』(原作/上野顕太郎、マンガ/山田一喜)の3作。すべて電子配信は縦読みに対応しており、『陰影』以外の2作はオールカラーで描かれている。

 『陰獣』は原作に忠実なかたちで再構成されているが、『偉大なる夢』は原作と主人公を変えて別視点で語られるオリジナルストーリー。終戦間際の日本を舞台に、アメリカを敵国と見据え、日本の科学を称揚するスパイ小説で、それゆえ、生前の乱歩が決して単行本や全集におさめることがなかったという作品でもある。どの作品を好むかは好みに寄るだろうが、個人的にとくに楽しく読んだのは『目羅博士の不思議な犯罪』だった。

 〈月光は、冷い火の様な、陰気な激情を誘発します。人の心が燐の様に燃え上るのです。その不可思議な激情が、例えば『月光の曲』を生むのです。詩人ならずとも、月に無常を教えられるのです。『芸術的狂気』という言葉が許されるならば、月は人を『芸術的狂気』に導くものではありますまいか〉というのは原作小説からの引用で、「月の光に誘発されて生まれた狂気が次々と人の命を奪う」というモチーフはコミカライズでも通底している。

  だが、原作では眼科の老博士として描かれる目羅は、コミカライズでは、犯罪学を研究する老博士の弟子。原作で語り手として登場する小説家も存在せず、学問を追究するため実際に人を殺してみたいという老博士とともに、完全犯罪を目論む目羅を主人公に据えたノワール・コミックとして再構成されている。これが、シンプルに読んでいて、おもしろい。おそらく原作を知らない、なんなら乱歩を読んだこともない読者も楽しめるはず、と思える完成度は、やはり原作をつとめる上野顕太郎の手腕によるもの。

  2018年、『夜は千の眼を持つ』で第21回文化庁メディア芸術祭マンガ部門の優秀賞を受賞した上野は、古今東西のさまざまな名作パロディを使って数多の作品を生みだしてきた。たとえば、『あしたのジョー』や『寄生獣』、『スターウォーズ』と古典落語をかけあわせた「落語」シリーズ。手塚治虫の作品世界に少女アリスが迷いこむ『治虫の国のアリス』。元ネタとなる作品の芯をとらえ、トレースすることなく絵柄を模写して、オリジナルの作品を描きだす上野は、まさに翻案の名手。コミカライズと原作を読み比べ、その技量に圧倒されることは、創作を志す人たちにとっても大きな学びになるだろう。

  これほど自由に翻案できるのは、単に著作権が切れているから、だけでなく、江戸川乱歩本人とその意志を引き継ぐ人たちが好奇心に満ち溢れているからだ。RAMPOシリーズの刊行によせて、乱歩の孫である平井憲太郎氏はこんなことを言っている。

〈祖父(江戸川乱歩)本人も二次使用を嫌がることなく、改変された新しい自分のストーリーをかえって楽しんでいたようすも見られます。〉〈祖父の作品が新しい読者を得て、また想像も付かない二次使用が生まれてくることを期待したいと思います。〉

  とはいえ、二次創作がおもしろいのはやはり、原作が魅力的だからこそである。最初に書いたとおり、乱歩の作品には個性的なキャラクターが多数登場し、エンタメ性が高いものが多い。一方で、幻想的で耽美な雰囲気をまとうものが多く、ミステリー、ホラー、ノワール小説まで、そのジャンルの幅広さは、先に書いたように乱歩のあくなき好奇心のあらわれでもあるような気がする。そして好奇心というのは、社会を見つめるまなざしにも直結する。

 SNSを中心に、本をあまり読んでこなかった人、まったく読んでいない人に向けて、読書の魅力を発信する小説紹介クリエイターのけんごは、みずから編著をつとめた『江戸川乱歩傑作選』(blueprint刊)のまえがきにて、その魅力についてこう述べる。

〈驚嘆必至のトリックや、個性的な登場人物の描き方が優れているのは、読んだことがある人ならば誰もが認めていると思います。その中でも僕が特に感銘を受けたのは、現代にこそ読まれるべきではないかと思わせるテーマの作品が多いところです。〉〈乱歩は生まれる前からずっと、恋愛の対象は人間である必要はないとか、多様性といったテーマについての物語を書いているのです。〉

 その古びないまなざしと「おもしろさ」へのこだわりが、乱歩を今も生き続けさせている。ふだんあまり本を読まない、乱歩のことをあまり知らない、と言う人たちにはぜひ、コミックスと傑作選をまず手にとってみることをおすすめする。

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