『北斗の拳』初期の刹那的なグルーヴ感と、終章で盛り返す武論尊の剛腕ーー初見のライターが語る、その衝撃

『北斗の拳』をいま初めて読んでみた

 生まれついてのへそ曲がりが災いしてか、週刊少年ジャンプ掲載作品をほとんど読まないまま30代半ばとなってしまった。少年時代にまともに読んだジャンプ漫画といえば『幕張』と『はだしのゲン(一応ジャンプ掲載作である)』くらい。『SLAM DUNK』ですらいい年になってから近所のCoCo壱で全巻読み、「こんなに面白かったのか!」と驚いたくらいである。

 そんな感じだった自分が、今年になって生まれて初めて『北斗の拳』を全巻通して読んだ。読んだ理由としては「いつかは読まないといけないと思っていたから」なのだが、これがめちゃくちゃ面白かった。めちゃくちゃ面白かったんで、今この感想文を書いているのである。

 なぜ「いつかは『北斗の拳』を読まねばならない」と思っていたかというと、『北斗の拳』は日本のアクションフィギュアの歴史を語る上で欠かすことのできない作品だからである。自分は趣味兼仕事で90年代の日本におけるアメトイ/アクションフィギュアブームについて調べている。このブームは主に『スポーン』などアメコミのキャラクターのフィギュアを当時の若者がこぞって買い集めたというものだが、ブームが過熱しきった1998年に海洋堂から発売されたのが『北斗の拳』のアクションフィギュアだったのである。

 それ以前から日本でも関節の動く人形自体は発売されていたが、この海洋堂による『北斗の拳』フィギュアは、「アメリカ製アクションフィギュアを意識して、日本のメーカーがアメリカと同じような仕様(完全着色済みでブリスターパック入り、関節が可動する)と同じような製造方法(中国の工場を使った大量生産)で量産した製品」としては初めてのものだった。以降、大人向けのオモチャとしてさまざまなキャラクターを題材にしたフィギュアが作られ、現在では国産アクションフィギュアという商品形態はしっかりと市場に定着した。その流れのスタートを切った題材が、『北斗の拳』だったのである。

 そうであるならば読まねばなるまい。なんせ超有名作品だからうっすら内容は知っている。アレでしょ、ケンシロウが秘孔を突いて、相手が爆発して死ぬんでしょ……とナメた態度で読み始めたおれは、『北斗の拳』のあまりの面白さ、特に「初期北斗(どのあたりまでが初期かは諸説あると思いますが、個人的にはだいたい連載が始まってからカサンドラからトキを助け出すあたりまでを初期と呼んでいます)」の強烈な面白さに釘付けとなったのである。

 『北斗の拳』の特徴として、主人公のケンシロウを「無敵の男」に設定した点がある。最強の暗殺拳である北斗神拳を使い、モヒカンのチンピラを前にした程度では表情すら変わらない。ゆえに初期北斗のストーリーは「悪役が暴れ回る→無辜の市民が蹂躙されて苦しむ→ケンシロウがキレる→成敗→次の街へ……」という様式でほぼ固定。ケンシロウが出てきた瞬間に彼の勝利は確定しており、ケンシロウをキレさせた時点で悪党どもに明日はない。だからバトル自体に「ケンシロウと悪人、どちらが勝つのか」というスリルがさほどないのが、初期北斗の特徴である。

 しかし、ただ無敵の男が悪人を成敗するだけでは、読者のカタルシスは生まれない。どこかで読者にストレスをかけ、それが解放されなければならない。そこで読者にストレスをかける役を担っていたのが、バラエティ豊かな悪役たちだ。

 初期北斗では、毎回毎回むちゃくちゃ残虐な敵が出てくる。強奪団Zであり、GOLANであり、ジャッカル一味であり、牙一族である。野蛮なモヒカン、怪獣じみた巨躯を持った大男、卑劣な野盗集団、悪い軍人、エトセトラエトセトラ……。単純な筋肉バカから化け物じみたデブ、コソコソした卑劣漢から変な武器を使う奴まで、全員が全員残虐非道。暴力が全てを支配する世界にチューニングが合いすぎた男たちが、哀れな弱者たちをいたぶりまくる。子供の目の前で親が殺されるような異常事態も、核戦争後の地球では日常茶飯事である。

 初期北斗は、原哲夫のうますぎる絵で悪役たちによって無辜の市民が蹂躙される様をたっぷり、ねっとり、これでもかと濃厚に描く。読者は読んでいるだけで手出しできないから、だんだんと「ひどすぎる! もうやめてくれ! なんてイカれた時代だ!」という気分になってくる。そのタイミングでブチギレたケンシロウ登場! 破裂する革ジャン! てめえらに今日を生きる資格はねぇ!! 全くその通りだ! やっちまえ!! このストレスが解放される瞬間の気持ちよさ、これが初期北斗最大の魅力である。

 その際、最初にケンシロウがちょっとナメられるのも大事である。ケンシロウは、核戦争後の地球では標準的かやや小柄な方と言っていい体型だ。普段は武器も持っていないし、トゲが生えた肩アーマーもつけていない。調子に乗った悪役から「なんだあ〜? このチビ!」みたいなことを言われがちである。しかし読者は知っている。この男こそ、最強の暗殺拳である北斗神拳の継承者なのだ。それを知らずにこのチンピラは……こいつ、死んじまうぞ……ねえ、ケンシロウさん、この身の程知らずをさっさとシバいちゃってくださいよ……! ああ、この流れ、なんて気持ちいいんだ……。「ナメてた相手が実は最強だった」の流れは現在でも大人気だが、『北斗の拳』もちゃんとこのフォーマットに則っているのである。

 さらにいえば、北斗神拳による殺害方法が残虐極まるのも嬉しいポイントだ。なんせ敵はケンシロウにシバかれる前に、散々乱暴狼藉を働いている。普通に殺される程度では手ぬるいし、ストレスを味わったこちらの心情が収まらない。そこで北斗神拳だ。秘孔を突かれた相手は体の自由が奪われ、体内から爆発し、臓物が吹っ飛び、壮絶に死ぬことになる。これなら度重なる悪行によってストレスの溜まった読者もニッコリ納得、悪は滅びてよかったね……ということになる。

 悪役が爆発する際、ちょっとタイムラグがあるのも気持ちいい。「へへ、なんともねえぞ……あれ? か、からだが、おか、おか、おかじ(爆発)」みたいな感じで間をとることによって、読者は「くるぞ、くるぞ、きた〜〜!!」とワックワクで人体爆発を待つことができるのである。なんと深く考えられた作品だろうか。

 この一連のプロセスを描くために必要なのが、毎回爆発四散するために登場する悪役なのは言うまでもない。個性豊かな悪役たちが毎回毎回残虐行為を働いて読者にストレスをかけるからこそ、ケンシロウの北斗神拳が光り輝くのである。

 初期北斗を読んでいてびっくりしたのが、この悪役たちに関するアイデアの出し惜しみが全くない点だ。「『パンパンのデブだから秘孔が突けない』なんて面白すぎるアイデア、そんなに序盤で出していいの!?」「ジャギってこんなに重要な上に面白いキャラなのに、こうもあっさり成敗しちゃっていいの!?」などなど、読んでいる最中絶えず浮かんできたのは「こんなに面白いアイデアやキャラクターを、こんなに出し惜しみなく使っちゃっていいのか」という疑問だった。

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