京アニ「KAエスマ文庫」新刊2冊は魂を受け継ぐ作品だーーアニメ化への切なる期待
11月22日にKAエスマ文庫から発売されたもう1冊、吉田玲子にとって初の小説となる『草原の輝き』は、イラストに『たまこまーけっと』でキャラクター原案・デザインを手がけた堀口悠紀子を起用していて、これはもう京アニでアニメ化するしかないといった雰囲気を全体から醸し出している。
物語も、吉田が脚本の『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』で欧風の自然が広がる光景を描いた京アニにぴったりだ。舞台は英国。日本で生まれ育った多生という少年は、両親の離婚に伴ってガーデナー(庭師)をしている父親ではなく、インテリアデザイナーの母親についていった。そして、母親が家具ブランドの後継ぎと再婚したのに合わせて渡英し、そのまま英国のエリート候補生たちが通うパブリックスクール〈ウィンロウスクール〉に入る。
場違いな感覚があったからか、浮かない気分が続いていたそんなある日。庭にこっそり植えた球根から咲いたコルチカムの花に興味を示していた若者がいた。それがベンジャミン。彼は〈ウィンロウスクール〉の最上級生で、代表生でもあって誰からも憧れられる存在だったが、なぜか多生に関心を向けていっしょにガーデニングを始める。
東洋から来て周囲になじめず迷っていた少年を、年上の少年が導いていく展開の中にほんのりと漂う情愛の香り。同室になった者たちと最初はギクシャクとしながらも、徐々にそれぞれの特徴を知り、得意なことを知っていっしょに演劇の発表会やハロウィン・パーティーのようなイベントをこなしていく展開もあって、これぞ青春といった光景を味わえる。
そうした展開の中に、多生は自分がいったい何をやりたいのかを迷い、そして試してだんだんと父親の仕事だったガーデニングに近づいていく。そんな成長と覚醒のドラマにふれられる。そして同時に、すべてが完璧で進路までもしっかりと決まっているベンジャミンの心にずっとわだかまっていた思いも浮かび上がって、本当にやりたいことのために進む勇気の大切さといったものも見えてくる。
読めば自分は何をやりたいんだろうと思い直し、そしてやってみようと思えてくる小説だが、これで終わってしまうのは少し寂しい。自分を知って進級した多生が、仲間たちとともに〈ウィンロウスクール〉の中や外で次に何を見つけるか、新しく入ってくる生徒たちとどのような出会いをするのかを読んでみたいし、可能なら美しい花の中を歩く多生とベンジャミンの姿を映像で見てみたい。