京アニ「KAエスマ文庫」新刊2冊は魂を受け継ぐ作品だーーアニメ化への切なる期待

京アニ「KAエスマ文庫」新刊2冊レビュー

 京都アニメーションが刊行しているKAエスマ文庫から11月22日に刊行された、賀東招二の『MOON FIGHTERS!』と吉田玲子による『草原の輝き』という新作ライトノベル。賀東は『フルメタル・パニック? ふもっふ』の原作者で、吉田は『たまこまーけっと』『リズと青い鳥』の脚本家といった具合に、共に京アニと関わりが深いふたりの作品は、小説として読んで楽しめる上に、生き生きとしたキャラクターや情景の描写で映像化への期待が浮かんでしまう。

 今でこそ圧倒的な画力や演出力で世界に知られる京アニだが、元請けとして制作を始めたのは2003年の『フルメタル・パニック? ふもっふ』から。この『フルメタル・パニック? ふもっふ』でアクション満載の学園コメディを見せ、2005年の『フルメタル・パニック! The Second Raid』で一変してシリアスなロボットバトルを描いたことで、京アニという制作会社にアニメ好きの視線が向かった。

 監督を務めたのはどちらも武本康弘。賀東は原作者でありながら両アニメのシリーズ構成としてタッグを組み、原作ファンもアニメ好きも満足させるシリーズへと仕立て上げた。後に武本監督の『氷菓』や『甘城ブリリアントパーク』でもシリーズ構成を担当した賀東が、2019年の初頭に新たにシリーズ構成の打診を受けたのが、武本監督にとって初のオリジナル企画となる『Fire Fighters!』だった。

 『MOON FIGHTERS!』は、その『Fire Fighters!』の"魂"を受け継いだものとも言える作品だ。消防士たちの活躍を描く予定だった『Fire Fighters!』の設定や、「真朱」「葡萄染」といった色がモチーフとなった名を持つキャラクターたちを引き継ぎ、『MOONFIGHTERS!』は未来の月面で活躍する救助隊員たちを描いている。無重力の宇宙空間で仕事をこなす幸村誠『プラネテス』の緊張感に、月面での活動を描く小山宙哉『宇宙兄弟』のロマンが合わさった面白さを感じさせる内容だ。

 消防士が主人公ではなく、発表媒体がアニメでなくなったのは、誰もが知っている出来事のため、武本監督が2019年7月に亡くなり企画が中止となったからだ。『MOON FIGHTERS!』のあとがきには、2019年6月に賀東が武本監督と打ち合わせを行い、次は8月に会うことを約束して別れた時の様子が書かれている。読むと武本監督や京アニのファンとして痛切な悲しみの思いが浮かんでくる。

 ただ、武本監督が作り上げた設定は残った。これを埋もれさせず世に出したいといった思いから、賀東が舞台を月に変えて小説で書いたのが、『MOON FIGHTERS!』だ。

 月に旅行に行った時に事故に遭い、両親を失った子供が成長して、消防士ならぬ月面の救助隊に入ることになった。その主人公、真朱孝太郎が職場のある月面へと向かうシャトルの中で何かを感じ取って騒いでいるのを上司が聞いて、騒ぎ過ぎだとたしなめたら実は異常事態が発生していたことが分かった。孝太郎には何か直感のようなものがあるように感じさせる始まりだ。

 以後、到着した月面で鴻救命月難救助隊に合流した孝太郎と同僚たちが、次から次へと起こる事故に立ち向かっていくエピソードが積み重ねられていく。地球以上に過酷な月面という環境を、膨大な資料を読み込み、『プラネテス』や小川一水『第六大陸』や野尻抱介『ロケットガール』といった宇宙が舞台のフィクションも参考にして描いただけあって、どの救難案件も宇宙ならではのスリリングさにあふれている。

 そんな場所に命の危険も顧みないで飛び込んでいく孝太郎は、自分だけでなく仲間も危険にさらしかねないと批判を浴びる。けれども、そんな彼の活躍が救った命も結構あるだけに、果たしてどちらが正しいのかに迷う。優れた直感を持ち、決断するより先に体が動いてしまう孝太郎に間違いが起こり、後悔からの再起を描くような事態も今後起こるのかが気になる。

 続きが描かれるかは評判によるところが大きいが、読み終えた人はそれ以上に映像で見たいと思っていることだろう。無重力を描くのは難しい? 磯光雄監督『地球外少年少女』が軌道上のステーションを舞台にしたスペクタクルを描いて、決して不可能ではないことを示してくれている。いずれ『MOON FIGHTERS!』もといった希望を抱きつつ、孝太郎と仲間たちの活躍が続いてくれることを願いたい。

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