小川哲、なぜ自らを小説の主人公にした? 最新作『君が手にするはずだった黄金について』を語る

小川哲、自分を主人公にした理由

偽物、フェイク、イミテーション

ーー本作には多くの個性的な人々が登場しました。

小川:僕にとって小説は他者について考えるという行為なんです。自分がよく理解できないものを小説のなかで考えていく。『君のクイズ』であれば、クイズのプレーヤーはどういう理由でクイズをやっているのだろう、クイズの途中で何を考えているのだろう、などと考えました。

 今回の場合の他者とは、僕がこれまで出会った人々でした。片桐(インスタに派手な私生活をアップする金融トレーダー)、ババ(偽物のロレックスを自慢げに巻く漫画家)、(オーラが見えるという)占い師。これまでの作品では戦争、建築、クイズなどを通して考えていましたが、今回は語り手が自分自身なので、ダイレクトに周りの人々を考えることになりました。

ーー特に過剰な承認欲求を持つ人々が描かれています。SNSがあることで、それがどんどん巨大化していきます。

小川:承認欲求、つまり誰かに認めてもらいたいという思いは、誰しも生きる上で持っているものです。それが何かの原動力になることもあるでしょう。多くの人は、自分のコミュニティでいろいろな形で満たしながら生きています。しかし昨今はSNSによって、人がその欲を満たそうとしている回路が可視化されるようになりました。

 承認欲求が満たされておらず、どうしても誰かに認めてもらいたいと思う人は、SNSで赤の他人に対して、自分を実力以上に大きく見せてしまう。正直、僕にとってはよくわからないところなのですが、小説で書くことでもしかしたら何かわかることもあるかもしれないと思いました。

ーー普段から友達とバーベキューをして楽しんでいて、人間関係に満たされているようなタイプの人は、過剰に自分を大きく見せようなどとはあまり考えないですよね。

小川:そうですね。バーベキューが楽しいからバーベキューをするという人はそれでいい。それが「世間の人から羨ましく見られたい」と思ってバーベキューをするようになると、どんどんおかしくなっていってしまうんですよね。

ーーそれにしても、片桐という人物はユニークな登場人物でしたね。高校の同窓生の彼は、久しぶりに再会したら80億円を運用する金融トレーダーとなっていて、著名人と仲良くするような羽振りの良い生活をどんどんインスタにアップしている。胡散臭いけれど、つい動向を追いたくなるというか。

小川:まさに僕にとっての他者でした。身近に彼のような人物がいるので、その心理の動きを追ってみたいと考えました。しかし理解できないと思いつつ、完全に他人だと割り切ることもできない。もしかしたら、自分にもそういう側面もあるのかもしれません。

ーー彼は「才能」という言葉にこだわっていました。

小川:嘘をついてまで必要以上に自分を大きく見せる人というのは、それに釣り合った実力や才能がないのかもしれません。自分の努力や実力で人に認めてもらうことはできないけれど、大きな承認欲求は持っている。それを埋めるために、結果的に人を騙したり、嘘をついたりする。しかしそれが悲劇を生んでしまいます。

ーー占い師や詐欺師と、作家であるご自身とを比較している場面がありました。どちらも「虚偽」を扱うという共通点があると。また、偽物のロレックスをこれ見よがしに身に着ける漫画家も登場しますね。虚偽や偽物に関心があるのでしょうか。

小川:僕個人としては占いは嫌いですし、信じていません。ただもしかしたら占い師に対して、どこかで同族嫌悪があるのかもしれない。自分と似ていると考えるだけでも嫌なんですけどね(笑)。

 同じように詐欺師についても、小説家である自分とは絶対に違う存在だと考えている。おそらくどのような職業の人であれ、自分は詐欺師ではないと考えているでしょう。でも、本当にそこに線を引けるのだろうか。もしかしたら似ているところはないだろうか。そうしたことを小説を書くことで考えてみました。

 偽物、フェイク、イミテーションというテーマは、これまでどの作品でも扱ってきました。そこには文学や小説や物語を成立させるための、根本的な何かがあると思っているんです。

『君が手にするはずだった黄金について』作:小川哲 発売記念CM

■書籍情報
『君が手にするはずだった黄金について』
著者:小川哲
価格:1,760円
発売日:10月18日
出版社:新潮社

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