中華後宮逆転劇『ふつつかな悪女ではございますが』アニメ化で注目 ジャンルのイメージをなぎ倒す小説&漫画の魅力とは?

4月2日に最新10巻の刊行を目前に控えた中村颯希『ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』(一迅社ノベルス)は、累計300万部を突破した押しも押されぬ人気シリーズだ。
先日、動画工房によるアニメ化が発表されるとXでトレンド入りを果たし、アニメ公式アカウントのフォロワーも2万に届きそうな勢いだ。発表とともに公開されたティザービジュアルは、挿画を務めるゆき哉の鮮やかな色彩設計と華のあるキャラクターデザインを愛してきたファンも納得の一枚で、早くも大きな期待が寄せられている。
入れ替わりに友情に陰謀劇。てんこ盛りな『ふつつか』の魅力
詠国では、権力闘争を避けるために決まった五家からのみ妃を受け入れる。送り込まれた五人の姫君は雛宮(すうぐう)と呼ばれる宮を学び舎とし、皇太子が即位するまで雛女(ひめ)として次期妃教育に勤しみ妃としての素質を競い合う習わしだ。
今代の雛宮で最も有力な皇后候補は、現皇后の姪にして皇太子の従兄妹にあたる玲琳(れいりん)だった。胡蝶のように美しく聡明で優しい彼女に難があるとすれば、たった一つ病弱であることだけ。数百年ぶりに彗星が接近する乞巧節(きっこうせつ)の夜、玲琳は「雛宮のどぶネズミ」と呼ばれ周囲から嫌われている雛女・慧月(けいげつ)の道術によって、彼女と身体を入れ替えられてしまう。親しかった人々から蔑まれあばら家に追放となった玲琳だが、実は鋼のメンタルの持ち主。落ち込むどころか健康な身体に感激した玲琳は、のびのびと悪女の生活を満喫しはじめて……!?
『ふつつか』の通称で愛される本作は、病弱な美少女・玲琳と彼女を妬むそばかす顔の嫌われ者・慧月が入れ替わるところから始まる中華後宮ファンタジー。
本作は、「次期皇后争い」「薄幸の主人公」「嫌われ者の悪女」というワードから思い浮かべがちなイメージを勢いよくなぎ倒していく作品だ。何せ玲琳は悲しみに打ちひしがれることはしないし、周囲から嫌われ者扱いを受けても気にせず、土も虫も平気で触る。入れ替わりもどん底に思える逆境も、ずっと健康が欲しかった彼女にとって不幸にはなり得ない。そんな玲琳の恐るべき前向きさと、周囲を巻き込みに巻き込む天然人たらしぶりは実に痛快だ。もちろん、前向きに悪女ライフを謳歌する玲琳は、後宮に渦巻く悪意や陰謀にだって臆することはない。
反対に、未熟で臆病な「悪女」である慧月は、想像以上に虚弱な玲琳の身体に苦労し、ただ入れ替わっただけですべてが上手くいくはずもないことを思い知る。同時に、読者もまた慧月がカタルシスを与えるためだけに存在する悪女なのではなく、未熟で臆病な「少女」だと気づかされるのだ。巻を重ねていくごとにどんどん慧月のことを可愛く思うようになるのは、玲琳だけではない。痛みと恥を受け止めて、もがきながらも先に進もうとする慧月の姿はいじらしい。
そして、作中最強に思える玲琳も完璧な存在ではないことが次第に明かされていく。玲琳には幼い頃から死が身近だったために生々しい感情を手放してきた過去があり、人の死に直面した時に彼女の脆さが表れる。少しずつ人間らしさを取り戻していく玲琳と過去の振る舞いを噛みしめながら成長していく慧月は、シリーズを通して緩やかに変化しながら対等な友人関係に近づいていく。まっすぐに好意を向ける玲琳とツンとしつつもわるい気はしていない慧月の友情は微笑ましく、読者の唇を緩ませる。
ここでは詳しい言及を控えるが、二人を取り巻く登場人物たちもそれぞれ魅力的。一人ひとり、バックボーンにぎゅっと心を掴まれてしまう
事件が解決するカタルシスが爽快な一方で、次期后宮の座や権力闘争をめぐるパートはなかなかにシリアスできな臭い。登場人物の印象ががらりと一変するシーンや、茶会でくり広げられる30ページ超えの心理戦(4巻)は必見。
入れ替わりに友情に陰謀劇にとてんこ盛りの『ふつつか』だが、巻を重ねて薄まるどころか面白さが加速していくのだから心憎い。シリーズが続いても入れ替わりが効果的に物語に働き、読者が期待する時に面白い展開をしっかりぶつけてくれる。加えて、散りばめられた謎が期待とほのかな不安を煽り、読者の関心を惹きつけてやまない。本を読む醍醐味を味わわせてくれる点でも満足度が高いシリーズだ。























