重松清が考える、空き家問題と定年後のオヤジの生き方「自分を見ていても、アップデートできていない部分がいっぱいある」

重松清が語る、空き家問題と定年後の生き方

家族なんて、割り切ってできるものではない

――重松さんはこれまでにも家族について多くの作品を書いてきて、ご自身も年齢を重ね、見えるものが変わってきたと思います。特に今回は、60歳の還暦という節目の時期を迎えられて、その点は意識したのでは。

重松:それはすごく意識しました。ずっと昔、『定年ゴジラ』(1998年)という小説を書いたんです。自分が30代半ばの時に定年のオヤジを主人公にして書いて、今になって生意気だったなと思うんだけど。もう1つの主役はニュータウンで、それがオールドタウンになったという話。それから25年経ち、自分がリアルに60歳になって、実際にあちこちで旧くなった街が空き家だらけになっている。『定年ゴジラ』の続編といったらおかしいけど、若い頃に定年ってこんなもんだよなと思っていたのが、同じ流れのなかで今はリアルにわかる。だから、『定年ゴジラ』に落とし前をつけるというような意識はありました。

――小説家という職業に定年はないですけど、周囲の編集者は定年を迎えていくでしょう。

重松:そうなんですよ。知りあいの編集者も、だいぶいなくなっちゃった。自分は定年のない仕事だからこそ、定年というものを客観的に見ている。あいつ、元気なくなったよなとか、わかるところもあるし。自分に定年がないから余計に、普通のサラリーマン以上に意識的に見ているのかもしれない。僕自身は変わっていないつもりなんだけど、同級生の編集者がいなくなっていくのが寂しい。

――空き家を遺体安置所にする「もがりの家」という題材はどこから。

重松:連載前の2016年くらいにNHK「クローズアップ現代+」で僕がレポーターになって、遺体や遺骨、孤独死の問題をとりあげた。その時に火葬場不足の実態を見たし、納骨堂をどうするかとか、調べると関連ビジネスにはグレーゾーンというか、法律的にまだ整理されていないところがある。いずれ絶対に表面化する問題だろうし、死んだらどうするということは、最近の週刊誌でも毎週のようにとりあげているでしょう。今回の小説には、そうして僕がドキュメンタリーとかで取材して感じたことが、相当入っている。

――「もがりの家」を進める石神井は、空き家をどうするかについて「感情論の入ってくる余地はありません」などといって合理性を主張する。

重松:どちらが正しいかといったら、石神井の方が正しい。正しいんだけど、間違っているっていう、割り切れなさが絶対にあるわけです。家に限らず家族なんて、割り切ってできるものではないから。石神井は、今の社会問題としての空き家に対応する存在なんだけど、一般論ではなく、あくまでも我が家の話として主人公たちがいるという感じです。

――取材したり小説を書いたことで、重松さん自身の考え方は変わってきましたか。

重松:これがいいかどうかわからないですけど、小説を書き始める時は、まったく結論をわかっていないんです。ストーリーをわからずに始めて、空き家、ロス、アラ還を考えながら書いていった。それで最終的に家というのは、ある種の舞台というか、何十年もかけてお芝居をしているのかもしれないと思った。夫婦として、親として、あるいは子どもとして、家族をみんなで作っているんじゃないか。そして、登場人物が1人、また1人といなくなって、最後に舞台だった空き家が残るというイメージ。

 だけど、その舞台ではかつて幸せな日々があったり、嫌な思い出もあるかもしれないけど、ここには確かに生活があったんだということを最終的に肯定したいと思った。だから、石神井さんという非常にクールで合理的な人に対し、最後に孝夫に訥々とでもなにか「馬鹿にするな」みたいな感じでいわせたかった。舞台、芝居といっても決して悪い嘘ではないと思う。それはもしかしたら、お互いの優しさかもしれないし。それを肯定させたいと思って、基本的に主要人物の全員にお芝居する役目を与えた。孝夫の息子は特撮ヒーロー出身の役者だし、白石さんも目の前にいない幻の娘に向かってお説教する芝居をする。ほかの人たちも、様々な形で演技する。

 芝居といっても騙すとかネガティブなニュアンスではなく、人はみな、それぞれ役を演じている気がするんです。親孝行とかそういうものだし、いい息子を演じるわけ。毎日やるのはしんどいけど、お正月とかお盆に滅多に会わないからと頑張ったり。そこでなんか思い通りにいかない、嘘が下手だよねとなるかもしれない。昔だったら、たとえお父さんが大根役者でも、「うちのお父さんは不愛想だけど本当は」とか周りが立ててくれた。でも、今の時代は、主役気どりで孝夫さんがそのつもりでやってみたら、舞台が違いますからというぐあいでズッコケる。僕は、そういうところを楽しんでいた感じです。

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