書評家・三宅香帆「『読む』と『書く』は表裏一体」 『名場面でわかる 刺さる小説の技術』インタビュー

三宅香帆が語る小説の名場面
三宅香帆『刺さる小説の技術』(中央公論新社)

 書評家・三宅香帆の新刊『名場面でわかる 刺さる小説の技術』(中央公論新社)は、本当に面白い小説には「グッとくる名場面」があるという見立てのもと、辻村深月『ライバル』、角田光代『片思い』、恩田陸『学校』、朝井リョウ『食卓』などの名場面のテクニックを分析した一冊だ。趣味の創作、小説執筆、あるいは二次創作など、物語を「書きたい」人にとって実践的でありながら、同時に小説の「読み方」も学べる優れた読書案内でもある。

 2017年に『人生を狂わす名著50』を著して以降、独自の切り口で小説の楽しさを伝える著作を上梓し続けてきた三宅香帆にとって、9冊目となる『刺さる小説の技術』はどんな位置付けなのか。(編集部)

「読む」と「書く」は表裏一体なのではないか

三宅香帆

――『名場面でわかる刺さる小説の技術』を書いたきっかけのひとつは、三宅さんご自身が二次創作に取り組んだことだったとか。

三宅:そうなんです。自分で書くようになって改めて「面白い小説とは?」を考えるようになった、というのも大きいのですが、二次創作をしている方々にぜひ現代の小説をおすすめしたくなったんです。まわりを見ていても「読む」よりも「書く」人たちのほうが多いように感じていたし、みなさん、自分の好きなジャンルの二次創作を読むのが楽しすぎて、あるいは原作を読みこむのに余念がなくて、なかなかプロの小説に触れている時間がない。とはいえ皆さん勉強熱心なので創作術の本を買う方はいらっしゃる印象があり。そんな方々に実はプロの小説を読むことにこそ、面白い小説を書くカギがあるのではないか、とお伝えしたくなりました。

――名場面を切り口にしたのは、そのほうがふだん小説を読まない人にもハードルが低いから、ですか?

三宅:もともと、小説の名場面ってあまりクローズアップされないよね、という話を担当編集者の方としていたんです。映画の名場面が特集されやすいのは、そこだけ切りとって流してもわかりやすい映像の力があるからでしょうが、小説にも、唯一無二の名場面をもった作品はたくさんあるんですよね。むしろ、細部のあらすじは忘れてしまっても、強烈に残り続けるワンシーンがあるのが、よい小説だと思っているんです。そこには、前後の流れがわからなくても、人の心を揺さぶる何かが必ずある。そんな名場面を集めた本をいつかつくってみたかったんです。

――それが二次創作者に向けての創作講座へとつながった。

三宅:二次創作文化って、バレンタインとか卒業式とかシチュエーションのお題を与えられて書く機会も多くて、場面の盛り上がりを描くことが重視されるんですよね。なので、名場面を通じて創作を学ぶことは、二次創作をする方々の実用的な興味を惹くんじゃないかと思いました。あと、二次創作の小説を読んでいると勝手に「もっとこうすればおもしろくなるのでは」と感じることもあったんです。それはたぶん私自身がこれまで小説を読んできたから気づくことのできた視点なんですよね。なので書き手のみなさんも、さまざまな小説を読むことで、自然とその視点が養われていくのでは、と。そのための一歩に、この本がなってくれたらな、と思っています。

――しいて技術を学ぼうとしなくても、読むだけで自然と書くための力が養われていくと。

三宅:もちろん読むだけで書けるようになるわけではありませんが、「読む」と「書く」は表裏一体なのではないかという感覚があります。

描写の積み重ねが、物語全体に大きく作用する

――名場面はどのようにセレクトしたんですか?

三宅:先ほども言ったように、二次創作はシチュエーションを描くことが多いですし、何より登場人物同士の関係性が重視されます。だから、人と人との関係性を表現するには、その関係性が変化していくにはどうしたらいいか、などテーマを掲げ、それにあうものを選びました。恋愛といえば、友情といえば、とノリノリで思いついたので、名場面のセレクトにはそれほど苦労しなかったのですが、もともと大好きだった名場面を「書く」という切り口で紹介することで、自分がなぜその場面にそれほど惹かれたのかが明確になって、おもしろかったです。

――とくに、発見のあった作品は。

三宅:朝井リョウさんの『何者』を引用しながら「人間に対する解像度の高さ」の話をしているのですが、主人公の朝ごはんが玄米ブランであるというそのちょっとした描写に、朝井さんの描写の凄味があるんだよな、ということに改めて気づかされました。『桐島、部活やめるってよ』の「ピンクが似合う女の子はすでに何かに勝っている」というような描写もそうですが、私たちがふだん見過ごしがちな、小説で読んでいてもさらりと通過してしまいがちな、めちゃくちゃ些細なんだけどそこが重要なんだ、という着眼点の積み重ねで、朝井さんの小説は痛々しいまでのリアリティを持つのだよなあ、と。現代的なテーマを扱うのがうまいと評価されがちだけど、真髄は描写の効かせ方にあるのだということを、あの章では強く伝えたかった。

――朝井さんに限らず、今作では「この作家の真髄は実はここにある!」という三宅さんの強い想いが溢れていますよね。

三宅:単に、私がそこにグッときたから、というのもあるんですけど(笑)。辻村深月さんの『スロウハイツの神様』は、ラストで明かされる真相にももちろんすごくよかったのですが、私が引用した環の〝持てる者〟の孤独にいちばん心を揺さぶられたんですよね。そこに、辻村さん自身の姿も重なるような気がしたし、ライバルには決してなりえない関係の残酷さを、鋭く描き切ったところにあの作品の凄味はあると私は思いました。本筋とはちょっと違うところにある描写の積み重ねが、物語全体に大きく作用するのだということも、この本を通じて改めて感じたことの一つですね。

――それこそがプロの技術ですよね。

三宅:そうなんです。二次創作って、原作には描かれていない行間を埋める文化なので、エピソードを集積して物語をつくっていくんですよ。特に重要なのが関係性が変化する瞬間で、その瞬間を上手に描くためには、至るまでの過程にどんな描写を積み重ねてきたが大事になってくる。いいセリフを言えばいいってわけでもないんですよね。でも、直接的に描きすぎてしまう人も少なくないし、私自身、二次創作を書くときにいちばん難しいと感じるところでした。プロの小説を読んで「なるほど、こういう仕掛けがほどこされているから、こんなにも胸が打たれるのか!」と知るだけで学べるものはある気がします。

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