オノマトペの専門家が解き明かす、AIにも負けない人間の情報処理システムの面白さ

オノマトペからわかる言語の成り立ち

『言語の本質―ことばはどう生まれ、進化したか』(中公新書)

「スーッと来た球をガーンと打つ」。球界の大スター・長嶋茂雄は、野球での打撃のコツを聞かれてこう答えたという。出典は不明だが擬音を多用したアドバイス・指導で有名な長嶋なら言いそうな、どこか間の抜けた伝説ということで済む話である。だが本書『言語の本質―ことばはどう生まれ、進化したか』(中公新書)を読んだ後だと、その印象は大きく変わる。

 認知科学者の今井むつみと言語学者の秋田喜美が、オノマトペを切り口にことばのルーツに迫った本書は、5月24日に発売され3週間足らずで10万部を超えるヒットを記録。本書で解き明かされる、言語とそれを使いこなす人間の脳のメカニズム。それは思ったよりもアナログではなくデジタル的で、「Chat GPT」をはじめ高精度の文章を自動生成できる人工知能(AI)が注目を集める今だからこそ、興味深いものがある。

 そもそもオノマトペとは何か? から話は始まる。ギリシア語起源のフランス語であるオノマトペは、もともと擬音語だけを指していた。だが現在では擬態語や擬情語も含んでいる、感覚イメージを写し取ったことばと定義できる。「ニャー」というオノマトペからネコの声をすぐ連想できるような、「アイコン性」を備えているのも大きな特徴だ。

 オノマトペは世界共通とは限らない。言語もしくは地域固有のものが多い。たとえば。ネコの鳴き声は英語だと「ミアウ(meow)」、韓国語だと「ヤオン」。日本語の「ヨロヨロ」はバスク語で「トリンクリントリンクリン」となる。非母語のオノマトペは言語の差を超えてうっすらと感覚を理解できるが、何を示すかまでは想像のつかないこともよくあるらしい。

 オノマトペは言語学の世界で重要視されてこなかった。子どもじみた音真似で言語でないという意見さえ聞かれるという。そこで著者はオノマトペが言語かどうかを検証。「経済性」「生産性」なんて専門外の人間からすると意外な項目もある、言語を構成する要素をすべて満たしていると確認する。一方でジェスチャーや声の調子を伴った表現ができたり、他の言語にはない特性を併せ持つことにも注目。オノマトペは言語の習得と進化の両方において特別な役割を果たしているのではないかという仮説を立て、さらに研究を進めていく。

 言語習得におけるオノマトペの役割は、「子どもに言語の大局観を与えること」であるといえる。音と意味がわかりやすく結びついたオノマトペは、言語についての知識を持たない子どもにとって、ことばの仕組みを理解するための格好の教材となる。大人はそれを直感的に把握している。現に親と子のやりとりや子ども向けの絵本には、オノマトペがふんだんに使われているのだ。だが、なぜ人間は成長するとオノマトペをそれほど使わなくなり、オノマトペ以外のことばが語彙の大半を占めることになるのだろうか?

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